ただいまとおかえりとはじまり

「・・・帰れない・・・?」

12月31日。
外は珍しく雨が降っている。

電話越しに1ヶ月ぶりに聞いた彼の言葉は、
「もう少し帰るのが遅れる」というお決まりのものだった。

一緒に年越ししよう、と約束していたわけではない。
滞在期間が長引くのはいつものこと。
でも、さすがに大晦日くらいは幽助も帰ってくるだろう、と思っていた。

『いつもそっちに帰るときに使ってる扉が壊れちまってよ。悪い。』
「何が『悪い』よ。ちゃっちゃと直さないとみんなこっち来れないんでしょ?頑張ってね。」

「待つ」と言っても、1週間人間界、1ヶ月魔界の繰り返しでは辛くなる。
でもここで泣いてもいけない。
幽助はきっと迷うから。
迷って、最終的に魔界にとどまることを選ぶから。

『・・・お前泣きそうな声・・・。』
「してないわよバーカ。じゃあね、良いお年を!」

ガチャン!

一方的に電話を切って、テレビの電源をつける。
もう特番ばかりで、世の中が浮かれているのがよく分かった。

「はーあ。ひとりで年越しか・・・。」

誰に聞こえるでもない独り言をブラウン管の前でぽつり。

一緒に新年を迎える相手がいないのなら、起きている意味も無い。
時刻は23時40分。
うたた寝してもよかろう、と目を瞑ったとき。

ピンポーン

玄関のチャイムが鳴った。

「幽助・・・ではないか・・・。」

あいつがチャイムを鳴らすときは、私が怒っていることが確実なときくらい。
今回は怒っていると勘違いしたからかもしれないが、電話を切ってたった3分で家に来れるわけもない。

ガチャ

「こんにちは。」
「蔵馬さん!?・・・って、びしゃびしゃじゃないですか!」
「あはは、タオル貸してもらえるかな?」

扉の向こうにいたのは、びしょびしょに濡れた蔵馬さんだった。
雨の中を傘もささずに歩いてきたのだと思った。

「はい、タオル。どうしてこんな時間に?」
「いえ、幽助に伝言を頼まれてね。」
「伝言?今日は帰って来れない、っていうやつですか?」

え、と、驚いた顔をして、頭を拭きながら蔵馬さんは私を見た。

「・・・電話で・・・。」
「あー、帰ってきてから怒られるのが嫌で、自分で伝えたのかもしれないね。
じゃあなんで俺に伝言頼むんだ・・・。」
「あはは、濡れ損ですね。」

ふたりで笑いながら、淹れたばかりのコーヒーを渡す。
蔵馬さんはありがとう、と言って受け取って、私を見た。

「また、扉が壊れてね。あっちも大変みたいなんで、許してあげてね。」
「扉?」

幽助からの電話のときも覚えた違和感を感じた。
私が聞いていたのは「結界を解いた」ということだけで、「扉」という情報は知らなかった。

「結界を解いたと言ってもどこからでも出れるようにしたら無秩序な世界になるからね。
一応出入りするための場所として『扉』を作ったんだよ。」
「で、それが壊れたから戻って来れないんですか。」
「ああ、たまーに気の荒い妖怪がこわすんでね。
そのとき扉の近くにいる妖怪が修復の手伝いをさせられるんですよ。」

幽助が帰ろうとしているところを懇願されてしぶしぶ手伝う様を想像して、思わず笑ってしまった。
やだよ、面倒だよ、なんて言いながら最後までやってあげる奴だから。

ふと時計を見上げると23時52分。
蔵馬さんと年越しをすることになりそう。

「・・・それでね。」

まだ話の続きがあったらしく、蔵馬さんは続けた。

「その修復には大体1週間位かかるんですよ。
強い妖怪だと、3日位になるけれども・・・。」
「どっちみち、今日中には無理、ってことですねえ。」

「・・・の、はずなんだけどねえ。」

「へ?」

バンッ!

相変わらず本意の掴めない発言をする蔵馬さんの顔を見た瞬間、
私の部屋のドアが勢いよく開いた。


「・・・あ゙ー・・・螢、子・・・。」


「はあ・・・?」

そこにいたのは膝に手をついて荒くなった息を整えている、幽助本人だった。
下を向いていて、表情は見えない。

静かな部屋の中に、ぜーぜーという呼吸の音だけが響いている。

「何してんの・・・。」

(泣きそう。)

つんけんした言い方をしたつもりだったのに、思いのほか泣きそうな声になってしまった。
手が、震えているのがわかった。

「な・・・泣いてんのか!?おい蔵馬、お前何やった!」
「なんで俺なんだよ・・・。」

自分のせいだとは考えないのか、だから鈍感だと言われるんだ君は、と蔵馬さんが幽助に言っているのが聞こえる。

そうだ、この馬鹿。
誰のせいで泣いてると思ってるんだこの馬鹿。

嬉し涙なのか、
ほっとして流した涙なのか。

よく分からない涙をぬぐいながら、ふたりの会話に思わず笑ってしまった。

「しかし、早かったねえ。2分くらい前から幽助の気が人間界にして、ちょっと驚いていたんだよ。」
「黄泉と躯と飛影に来てもらって・・・。」
「おお。その4人でやれば確かに早いね。でも・・・。」

「・・・任せて走って帰ってきた。」

「「え?」」

蔵馬さんも相当驚いていた。
私も、幽助が人任せにして帰ってくるなんて思っていなかった。

「道理で、早いはずだ。」
「ったりめえだろ。」

蔵馬さんは、「なんで」人任せにしたのかは、聞かなかった。

「じゃあ、俺はそろそろ失礼するよ。」

蔵馬さんがそう言って立ち上がると同時に目に入った時計には23時59分の文字。

「・・・よいお年を。」
「蔵馬さんも。」
「じゃーまた来年なー。」

あと1分だけど一応まだ今年のままだ。
蔵馬さんは、きっと、気を利かせてくれたんだろうと思う。
私に目で「何か」を伝えて出て行ったから。
私には、「良かったね」と言っているように見えた。

扉を閉めて、後ろを向いた瞬間。

「幽、す、け。」

目の前は真っ暗。
すぐに、幽助のにおいがした。

(あ、抱きしめられたんだ。)

理解するのに少し時間がかかってしまった。

「・・・ま。」
「?」


「ただいま・・・。」


何でか、幽助の声が泣きそうだった。

(何で、幽助が泣きそうなの。)

ただいま、と言って、抱きしめる力が強くなる。
腕を曲げた状態で前から抱きしめられたから、抱きしめ返すことができない。
顔も見えない。

でも、分かる。

(多分、真っ赤。)

「くるしー。」
「あ、わ、わりい。」

もごもごと喋ると幽助はすぐに力を弱めて、私の顔を見た。

抱きしめられたら胸元に顔がくるとか、見下ろしている視線とか、
身長差に、少しだけ、どきどきした。

「・・・おかえりはねえの?」
「え?」

「ただいま」の後の沈黙はそれを求めていたのか、と納得。

いつまでたっても中身は子供だなあ、と思いながら、変わっていないことに嬉しさを感じていた。

「幽助。」
「・・・。」

「あけましておめでとう。」

望んでいた答えと違う言葉に、幽助はもう一度私の顔を覗き込んだ。

「お前な・・・。」


「あと、おかえり。」


それを聞いて、嬉しそうな恥ずかしそうな、そんな表情の後、幽助は、笑った。

無事で良かった。
会いたかった。
会えてよかった。
私のために全速力で帰ってきてくれて、本当に嬉しかった。

伝えたい言葉はたくさんあるけど、伝えなくてもいいかな、と思った。

これから私と幽助に訪れる一年が、素晴らしい年でありますように。

全速力で走ったせいですぐに眠ってしまったその男を横目に、そんなことを思った。

END


あとがき

「・・・の、はずなんだけどね。」が浮かんで、書きたくなって(笑)
ちなみに蔵馬さんは幽助の妖気を感じ取ったのでこう言ったのですよ。
別にシチュエーションは大晦日ではなかったんですが、
書かなきゃ書かなきゃと思っているうちに年末になってしまって、
それなら大晦日設定で書こう!ということに。
ヒーロー登場、かっこいいですよねえ・・・。
私は幽助にそういうことをさせるのが好きなようですw
自分のために全速力で帰ってきてくれて、螢子ちゃんも嬉しそうですしね^^
ちなみに蔵馬さんは100mくらい先で聞き耳たててますよw(笑)
みなさん、明けましておめでとうございます!!