となり

こんなにも長く此処にとどまり続けるつもりはなかったのだ。
この運命の歯車が回り始める前に、立ち去るべきだった。

本来、此処には来たいと思って来ることは無かった。
そう、あの時もそうだった。はずだったのに。

あの少年の魂を案内するために向かったその街にあったものを、求めてしまった。
初めて知った、「あたたかさ」。
見たことも無い家族の面影を重ねていたのかもしれない。
どちらにせよ、その空間にいることで、魂を案内するという苦しみを和らげていたのは間違いない。
でも、そこに足を踏み入れるべきではなかったのだ。

自分が甘えていたことに、気づけなかったのだから。

あたしは「案内人」として、魂を迎える仕事だけをするべきだった。

そして、蔵馬も「南野秀一」として、
霊界探偵となった幽助に関わることなく、平穏に生きていくべきだった。
霊界に関わることなく、人間界での家族と幸せに暮らし、
妖狐蔵馬の肉体に一度も戻ることなく、生涯を終えるべきだった。

それでも「後悔していない」と言ってくれる彼にすら、甘えていた。

あの人を愛したこと自体が間違いだったの?

誰もあたしを責めたりはしない。
でも、あたし自身の後悔は、誰にも打ち明けられずに居た。

「ぼたん。」

そう名前を呼ばれるたびに、此処に居られる幸せを感じた。

「蔵馬。」

そう名前を呼ぶたびに、此処に居られる運命に感謝した。


でも、もう止められない。

あたしは、彼を愛しすぎた。
もうあの人無しでは、きっと生きていけない。

気づくのが遅すぎた。
だからこそ此処を黙って去るのだ。




あの人とあたしの生きていく速さは一緒だけど、
あの人とあたしの生きていく長さは違うのだ。





「・・・ぼたん?」

未練を断ち切ろうと、「最後に」、と空から部屋を見つめていたら、蔵馬が起きてしまった。
蔵馬は外にいるあたしを中へ呼んだ。

「こんな時間にどうしたんですか?俺の家に来るのは久しぶりだね。」
「・・・うん。」
「・・・?どうしたの・・・?」

嗚呼、何も言わずに此処を去るつもりだったのに。
この人の声を聞いたらきっと行けないと、分かっていたのに。

涙があふれて、止まらない。

涙が、「此処を去りたくない」と言っている。
「まだ、この人と一緒にいたい。」「此処にいたい。」「皆と一緒にいたい。」

たとえ叶えられるとしても、自分で拒もうと決心していた願いが、頭の中を走っている。

優しく抱きしめてくれている蔵馬の腕の中で、決心が崩れていく音を聞いた。

「また何か悪い方向へ考えすぎたんでしょう。
・・・少しは俺を頼ってくれてもいいんじゃないかな・・・。」

蔵馬の語尾が不安だと告げていた。


頼って、いいの?


此処に居てもいいの?

あなたを愛してもいいの?

あなたが死んでも、あたしは生きなくちゃいけないんだよ?

きっとあなたを連れて行くのは、あたしなんだよ?

人間でなくていいの?

毎日此処にいられないのにいいの?

すぐに泣くけどいいの?

すぐに怒るけどいいの?

あなたの言葉の裏も読めないような、バカだけどいいの?


ずっと一緒にいたいって、

願ってもいいの?


今まで口に出して言えなかったけれど、

願ってもいいの?
信じてもいいの?


・・・きっと最初から分かっていた。
どんなに苦しくても、あたしは此処を去れないことを。

この居心地のいい、あなたの隣を、手放せないことを。

END


あとがき

ぼたんちゃんってきっとすごく悩んでると思うんです。
静流さんとか、螢子ちゃんとか、温子さんとかと深く関わったら、
その分知らない人の魂を迎えるよりもつらい思いをすることなんてわかってるはずなのに。
それでもやっぱり居心地がいいと思って。
蔵馬はきっとぼたんちゃんがそうやって悩んでること分かってて、
それでも黙って一緒にいてあげる(居たい)んじゃないかなーと思います。
我侭もっと言っちゃってもいいんじゃないかな。
途中の「速さ」と「長さ」の部分は、
以前少し身近で、女子高生が殺人事件に巻き込まれたときに思ったことです。
長さは人それぞれ違うから、「寿命」って言葉があるんでしょうね。
でも私の書く蔵ぼ小説では基本、都合よく霊界人と魔族の寿命は同じです(笑)
今回はシリアス(??)なので、長さを違う設定にしてみましたが。

ちなみに、ただいま南野さん敬語使わない週間実施中です(笑)