そのポジションのままで

南野秀一は、この学年で最も人気のある男だろう。

昼休み、男子との会話で笑顔になると女子から黄色い声があがる。
授業中、眠そうにカクン、となると女子が顔を真っ赤にしている。

なぜお前らが真っ赤になるんだよコノヤロウ、と思いつつ、
私もその女子の一員であることに、少々嫌気がさす。

無論、黄色い声などあげたことはない。

代わりに私は「南野秀一の親しい女友達」という立場にいるからだ。

『日比谷さんなら、南野君に下心持って近づいてなさそうだからいいよね。』

女子のそんな声が聞こえてくる。

ふふーん残念でした。
下心ありありです。
心の中で考えていても、表面上はポーカーフェイス。

今日みたいな特別な日だって、表情は絶対変えない。


「ねえ日比谷、その本読み終わったら貸して?」
「200円ね。」
「微妙に安いね。」
「じゃあ1000円。」

これは日常会話。
きっとこれからも変わらない、そう信じてる。

「おい南野、呼んでる。」
「・・・分かった。」

男子から声をかけられて、南野は急いで廊下に向かう。

2月14日。
この日は毎年南野秀一が席に落ち着いて座ることを許さない。
奴の机の横には、もうすでに可愛らしい包装紙でいっぱいの紙袋が1つ、かかっている。
スクールバッグからもう1枚紙袋が見えているのは嫌味だろうか?

そんな私も、今日くらいは用意している。
理由はもう考えてある。

『好きな人に渡そうと思ってたんだけど、やめちゃった。
仕方ないから南野にあげるよ。ちょっと本命みたいなチョコだけど、完璧義理だから。』

こう言えば、きっと彼はいつもの笑顔で笑ってくれる。
女子では私にしか見せない、あの笑顔で。

パチンッ

南野の様子を見るために静かに扉の隙間から覗いている男子も、
告白の返事を聞くために声を殺して耳をすりガラスに当てている女子も、
一瞬、ざわめいた。

私はというと、毎年この日は1年で最も女子の泣く日だ、と言われるように、
南野が誰とも付き合わないことも、どの告白も断ることも分かっているから、
そんな出歯亀のようなマネはしない。

しかしさすがに、この音にはびっくりした。

ガラガラッ

右の頬を手で押さえた南野が教室の扉を開けて、中に入ってくる。
結果は一目瞭然だから、冷やかしの男子以外は皆大人しく席に着いた。

「何よそのほっぺ!」
「発情期の猫だったみたい。」
「ひどいわね。学校中の女子に今の発言バラしてやろうかしら。」
「どうぞ?どうせ誰も信じないよ♪」
「自信過剰!」

どうせ、バラさないことが分かっている南野はこうやってからかう。
これで喜んでる私って、Mかなあ、なんて思いつつ。
私の最終決戦は放課後。
部活が終わった私と、女子からの告白の嵐が終わった南野はおそらく帰る時間がかぶる。
その時がチャンスだ。
どうせ「毒入り?」なんて、言うんだろうな。

キーンコーンカーンコーン・・・

「あー終わった!」
「日比谷、バスケ頑張って。」
「はいはい、あんたも告白されるの頑張ってね。」
「嫌味か?」
「勿論。」

軽く言葉を交わして、体育館へと向かう。
もう冬だから、練習時間は短い。
でも3分の休憩時間にはきっと、校舎裏の南野が見えるだろう。

バスケ部の練習に参加する3年生は、私1人。
もうスポーツ推薦で大学が決まっていることは、やっぱり喜ばしいことだ。
南野は進路、どうするんだろう?
南野のことだから、どの大学でも行けそうだけど。

休憩中、校舎裏の南野が見えた。
ああ、あの子、1年生だ・・・。
泣いてる。でも、ちゃんとチョコは渡すんだ。

きっと私もああなってしまうだろう。
だから、気持ちは言わない。
絶対、言わない。

練習が終わって正門を出ようとすると、前の方に南野が歩いているのが見えた。

「南野!」

大きな声で叫ぶと、振り返った。

「日比谷。練習お疲れ。」
「お互いお疲れ、でしょ。」
「はは、そうだね。」
「あ、あのさ、南野、これ。」
「え!?どういう風の吹き回し!?」

ほらね、やっぱり言う。
これは、私の「ポジション」だから。
そして私はあらかじめ考えていた理由を、さも本当であるかのように語る。

「好きな人にあげようと思ったんだけどさ、やめちゃった!
ちょっとラッピング本命っぽいけど、激しく義理だから!」
「・・・いいのか?好きな人にあげなくて。」

笑いながら言ったら、南野はちょっと真剣に聞いてきた。
いいんだよ。本命あんたなんだから。

「いいのいいの!・・・3倍で返ってくるなら♪」
「やっぱり、それが目的か。」

2人で笑いながら歩く2月の道は心地よかった。
帰り道、渡そうか悩んでいる女の子達が目に入った。
ごめんね、今だけ優越感に浸らせて。

「くっらまー♪」

交差点にさしかかったとき、どこからともなく聞こえた、女の子の声。

「・・・くらま?」
「友達の間でのあだ名だよ。・・・ぼたん?」
「ああ、そうか。ごめんね秀一ー!」

『秀一』

胸が、ドクンと鳴った。

他の女子は、「南野君」
私だけ、「南野」

あの子は、「秀一」
ううん、「くらま」ってあだ名で呼んでいた。

・・・仲いいのかな。

「まあ、いいですけど・・・どうしたんですか?」
「いやね、幽助たちが『今日は大変だろうから。』って言うもんだから、手伝いに来てやったんだよ。」

確かに、南野の両手には紙袋が2つ、重そうにぶら下がっている。

そんなことはどうでもいい。
南野、敬語で話してる。
南野は私以外の女子に敬語で話しかけるから。

・・・少し、嬉しい。

「そうですね。ぼたんはくれないんですか?」
「催促する人にはあげないよ♪」
「じゃあさっきの発言はなかったことにしてください。」
「あはは。こんなにもらってもまだ欲しいのかい?・・・どうぞ。」
「・・・ありがとう。」

ああ、ダメだ。
きっと南野、この人が好きなんだ。

このとき初めて気づいた。

南野が私だけに見せてくれる表情は、「友達」の表情だったんだ。
特別だと思っていたその笑顔は、「女」としては見ていなかったんだ。

現に、この子に向ける笑顔は・・・切ないような、悲しいような。
今まで見たことのない笑顔・・・。

「あなたはあげたのかい?」

青い髪のポニーテールの子は、私に話しかけた。
ダメ・・・いつもの私にならなくちゃ・・・。

「どうしても南野が欲しいと言うので。」
「俺がいつそんなこと言ったんだよー。」

女の子は、目の前でくすくす笑っている。
へへん、どうだ。
こんな南野初めて見たでしょう。
ああ、こんなこと考えて虚しい気分になるなんて。

逃げたい。

「あ、もうすぐ6時・・・アニメ見逃すから先帰るね!
南野、・・・また明日ー!」
「ああ、またね。」

少し無邪気に笑って挨拶を交わす。
いつもは「女友達の特権」だと思っていたけれど、もう二度とそんなこと思わないだろう。

明日、笑って話せるだろうか。
ううん、きっと大丈夫。
今までだってそうしてきたんだから。

こんな「オンナノコ」な自分、誰にも見せずに頑張ってきたんだから。

また明日、南野・・・。

――――――――――――

「・・・蔵馬?」
「どうしたんですか?」
「あの子・・・。」
「ただのクラスメートですよ。妬きました?」
「妬いてないけどさ。」
「じゃあその膨れたほっぺたはなんでしょうね。」
「気のせいじゃないのかい?」
「はいはい、そういうことにしておきましょう。」

もうすでに生徒は皆帰った駅までの道。

蔵馬とぼたんが手をつないで歩いて帰ったのを見た生徒はいなかった。

明日も、いつもの毎日が始まる。


「おはよー南野!」
「おはよ、日比谷。」


END


あとがき

一度書いてみたかったんです。
私が片思いしてるときもこんなんでした(笑)
「友達」の特別と「好きな人」の特別って全然違いますよね〜。
笑顔も、見てるとわりと気づくもんです。
書いててなんかすっごく楽しかった。