誰かの名前を

「お、飛影。」

真夏という言葉があまりに似合う、8月某日。
別に魔界にいるからといってその暑さが和らぐわけではないが、
どうせなら暑さを紛らわすために誰かと喧嘩でもしよう、と森の近くを歩いていたときのこと。

「おめーが歩いてるなんて珍しいな。いつもマッハで移動してんのに。」

『マッハ』という言葉がかっこいいのかどうか分からないが、
俺は心の底で自分の中の「使える言葉」が増えて、ちょっとした優越感に浸った。

「・・・悪いか。」
「いや、別に?・・・にしても、その傷。どうしたんだよ?」

俺がそう言って指差した上半身裸になった飛影の体には、無数の傷。
学校の女子とかが見たら気持ち悪くて泣き出すんじゃないかってくらい深くえぐられていたり、
浅い傷であってもものすごいでかいかさぶたがあったり。

「誰にやられたんだよ。」

決まりきっている答えを、わざわざ聞いてみた。

「・・・躯。」

ボソっと呟いて、地面に視線を落とす。
飛影にこんな怪我をさせるなんて、躯にしかできないのだ。
そして、こんな怪我をさせても相手を殺さないのも、
その相手が躯だからだと、俺や蔵馬は分かっていた。

「躯とも相変わらずだなー。」

俺の冷やかしには言葉では反抗せず、少しだけ照れたように俺を睨んだ。

「躯」・・・ん?

「『躯』。」
「・・・は?」

ある疑問が自分の中に浮かんで、
その原因である名前を呟くと、飛影は彼女が近くにいるのかと、キョロキョロし出した。

「いや、別に躯がいるわけじゃねーけど、飛影、もっかい『躯』って言ってみ?」
「何だと・・・!?」
「いやいや、キレんなって。とりあえず言ってみろよ。」


「・・・『躯』?」


ああ、そうか。

俺は自分の中に浮かんだ疑問の答えを発見した。

「飛影って、『躯』って名前好きなんだなー。」
「!!??」
「なんか飛影が言う『躯』と俺が言う『躯』は響きがちげー。」

そんなことはない、と言わんばかりの目で俺を見たかと思えば、
やはり俺の意見も否めないようで、それまでと同じように黙りこくってしまった。

そうか。そういうことなのか。
その、「躯」という名前から、飛影の想いが溢れてるような気がして、
俺は改めて躯が飛影にとっての特別なんだ、と思った。

特別な人の名前はきっと特別な響きがある。

きっと、言葉から「愛しさ」が溢れてくる。


「螢子。」


「・・・なんだ貴様。今日はブツブツと・・・!」
「はは、わりーわりー。」

螢子、螢子、けいこ。

多分俺があいつのことを呼ぶときも不思議な響きがあって、
名前を呼ぶたび愛しくなるのも、「特別」だからなんだろう。

ふてくされる飛影の隣で、そんなことを考えた。

END


あとがき

最後なんか違う感じにしようかどうしようかーとか迷って結局直す前にUP(笑)
2008年9月頃に書いたものです(笑)
半年以上放置していたんですねw
最初幽螢のつもりで書き始めたのに、いつのまにか飛躯になっていましたw
飛躯は互いに気づいてないのもよし、
飛影がさりげなく気づいているのもよし、
躯が気づいて乙女(笑)になっているのもよしです(笑)