sayonaraは言わない

白いカーテンが窓際で揺れている。
彼の頭の横には看護婦が置いたであろう白い花が小さく俯いていた。

その部屋に入った瞬間、そこだけ時間が止まったかのように感じた。

「あ?蔵馬・・・来たのか。」
『久しぶり、幽助。ほら飛影とぼたんも入って。』

久々にやって来た人間界は以前来たときよりもさらに空気が悪くなった気もしたけれど、
この部屋だけは何か違う空気があるように思えた。

「・・・幽助・・・。」
「お、ぼたん。また老けたか?」
「老けるわけないじゃないかっ!」

ははは、と笑う幽助の顔にはすでに力がなかった。

彼があと少しの命だということなど、
彼の姿を見れば誰もがわかることだろう。

そして、彼が自らの最期を悟っていることも。

『幽助、今からでも魔界に行けば、調子が良くなりますよ?』
「・・・無理に寿命のばしたくねーんだよ。」
「それでも幽助、あんたはまだ2000年以上は生きられるんだよ?」

「・・・それも運命なんじゃねーの?」

螢子ちゃんを初め、俺たちの周りにいた人間が死んでしまっても、
幽助は魔界と人間界を往復していた。

俺も途中まではそれに同伴していたけれど、今はもう魔界に住んでいる。
そして俺が魔界に住み始めて200年ほど経った頃、幽助の死期が迫っていることを知った。

「まぬけな奴め。」
「はは、飛影、久しぶり。」

いつも以上に無口な飛影の本日の第一声は相変わらずの憎まれ口だった。

「なんか俺さあ、思ったより怖くねーんだわ。
あ、もちろんぼたんが連れてってくれんだよな?」
「2回ともあたしさね。」
「ああ、そういえば2回だったな・・・。」

そう言うぼたんは苦しそうで、見ている俺も飛影も辛い気持ちになった。
ぼたんは幽助の死亡日が分かっているから、余計辛いだろう。
皮肉にも、ぼたんが急に幽助の見舞いに誘ったことで、それがいつなのか俺も知ってしまった。

昔のことを思い出すように幽助は目を瞑る。
俺たちもまた、今までのことを思い出していた。

俺も飛影も初めは敵だった。
いつからだろう?こんなに心許せる仲間になったのは。
きっと幽助と出会わなければ、今飛影と仲間ではなかっただろう。
桑原君と出会い、友達になることもありえなかっただろうし、
ぼたんと出会うこともなかった。
そもそも、暗黒鏡を使って、俺はとっくに此処にいなかった。
そういえばそれも幽助のおかげだった。

ふと横を見ると、飛影も目を瞑って何かを考えていた。
ぼたんは・・・既に泣きそうな顔をしている。

きっと、近いのだろう。

「・・・んじゃ、そろそろ行くわ。」

目を瞑ったまま幽助が呟く。

『・・・幽助・・・。』
「・・・。」

また何かを言おうとした飛影が、思わず言葉を呑み込んだ。

『・・・行かないでくれよ。』

思っていたよりも小さな声になってしまった。
でも、幽助がその言葉に反応したのは分かった。

「貴様がいなくなると、喧嘩相手が減るだろう。」
「2回目が早いんじゃないのかい?幽助・・・!」

俺に続いて2人とも声をかける。
でも、本当は皆分かっている。



無理なんだ。



「お前らそんな寂しいのかー?」
『そうだね。』
「フン。」
「寂しいに決まってるじゃないかあ・・・!」

最期にこんな苦しい顔を見せたくなかった。
きっと飛影もぼたんもそう決意していたはずなのに。



「あー・・・あいつ、元気でやってるかな・・・?
きっと・・・もうすぐ会える・・・。」



「あいつ」が誰か、なんて聞かなくても分かっていた。

それが、幽助の最期の言葉になってしまった。

「・・・っ。」
『ぼたん、そろそろ魂が上がってくるだろう?霊体に・・・。』

ぼたんが霊体になってしばらくすると、幽助の魂が上がってきたようで、
ぼたんの表情がさきほどとは変わっていた。

『幽助・・・またね。』

幽助の返事は勿論聞こえなかったけれど、
微笑んだぼたんの表情で、俺も飛影も笑顔になれた。


『「さよなら」は別れの言葉じゃない、なんて、上手いセリフもあるもんですね。』
「・・・フン。」


俺たちはこれからも永遠に等しい時間を生きていく。
彼のいなくなった人間界にはほとんど来なくなるだろう。
だけど来るたび思い出すよ。


―――――幽助―――――・・・。

END


あとがき

し、死にネタが書きたかったんです。
きっと幽助ってずっと螢子ちゃんに会いたいんだと思います。
蔵馬たちと分かれるのは辛いけれど、
螢子ちゃんに会えるのはどうしても嬉しい、という感じ。
あ・・・雪菜ちゃん出すの忘れた(笑)
タイトルはなんとなく・・・(死)