空色No.青

「馬っっ鹿じゃないの、あいつ。」

7月某日、in図書館。

螢子はノートを広げた机の下で小さな音で貧乏ゆすりをした。
本当は今履いているヒールで大きな音をたててやりたかったが、公共施設なのでそうもいかない。

「・・・イライラのおかげで、さっきまで寒かったのに温まってきちゃったわ。」
「ここ冷房キッツイもんなあ・・・って、そうじゃなくて。」

目の前に座って自分とは少し違う問題集を広げる桑原は、
「いつものことだ」と思い、冷静なノリツッコミ。
桑原は「我ながら慣れたもんだ」と心の中で考えていた。

「なんで誕生日に帰って来ないのよ・・・。」
「まー、あっちで何かあるんじゃねーの?」

そんなの知らない、とでも言いたげな冷たい視線が桑原に突き刺さる。

これは巷で言う「ツンデレ」なのか。
いや、それにしては「デレ」が足りないなどと、桑原は最近沢村に教え込まれた知識を心の中で反芻した。

「毎年祝ってやってんのか?」

桑原にそう問いかけられて、初めて螢子の足の動きが止まる。
一瞬、桑原は地雷でも踏んだかと思った。

「・・・毎年、ではない。かな。」

小さな声で、桑原の目を見つめながら言った後、
螢子は再び広げられたままのノートに文字を書き始めた。

螢子はノートから目を逸らさずに続ける。

「小さい頃は毎年祝ってたかしら。まあ、プレゼントは花とか手紙とかだったけど・・・。」

螢子が思い出すのは、幼い頃の自分たち。
まだ、「幽ちゃん」と呼んでいただろうか。
そんなことも思い出せないくらい前の話。
『お誕生日おめでとう』を素直に言えていた頃なんて、2人にとっては遠い昔の出来事なのだ。

「小学校5年生頃かなあ。なんとなく言えなくなっちゃって・・・まあ、素直じゃなかったってだけなんだけど。」

『今日、そういえば誕生日だったっけ?』
だなんて、分かりきっていることを、さも「なんだか思い出しちゃった」ように言っていた。
カレンダーに丸がついていることをきっと彼は知らなかったから。

「中学校1年生の時は、あいつ学校に来なくて、家にもいなくて。祝おうにも祝えなかった。」

初めて買ったプレゼントは、未だに螢子の部屋のクローゼットの奥にしまってある。


「中学校2年生は・・・それどころじゃ、なかったし・・・。」


死んで、生まれ変わって、楽しいことを見つけて、そうして螢子の遠くへ行ってしまった。
中学校2年生の一年間では、螢子にとってあまりいい思い出ができなかった。


螢子の手の動きが止まり、桑原はとっさに空気を読んで言葉を発した。

「で、で、中学3年であいつが魔界に行って?高一のときはあいつまだ魔界にいて・・・。
そんで今年、・・・って、『毎年ではない』どころじゃねえじゃねえか!」

「・・・そう、なのよ。」

ここで、桑原の危険センサーが身の危険を察知した。

「だから、だから怒ってるの!!!!」

机に手を強く叩きつけると大きな音が出てしまうから膝の上にすると、
思った以上に痛かったらしく、螢子は眉をしかめた。

勿論、怒りの言葉も限りなく小さい。

公共施設だということをわきまえる。
これが、雪村螢子だ。

そう、彼とは違う。

『うわあああ、忘れてた!』
「静かにしなさいよ!図書館だって言ったでしょ!?周りにつ・つ・ぬ・けなの!」

とりあえず電話でもしてみたら、と勧めた自分が悪かったのか、と桑原は半分自己嫌悪に陥った。
携帯電話越しに聞こえてくる幽助の声は、
先刻よりかは幾分か大きい螢子の声よりもかなり大きかった。

静かに読書をしていた市民の視線が痛い。

(俺じゃないのに・・・。)

桑原は口論を続ける螢子の荷物を適当にまとめ、外に出るよう促した。
螢子は背中をそっと押す桑原に気付かず、ただ口のみを動かして素直に外へ出た。

クーラーの聴いていた図書館内とはうって変わって、外はひどく暑い。
7月はじめとは言えど、梅雨上がりで湿気がひどかった。

しかし、もっと「熱い」のは二人の口論だった。

「だーかーら!もう7月!って言ってんのよ!」
『知るかよ!こっちとは時間の流れが・・・なんかちげーんだよ!」
「馬鹿じゃないの!?そんな嘘通用しないわよこの間蔵馬さんなんの時差ぼけもしてなかったわよ!」

ノンストップで、一呼吸の間すらもおかず話し続ける二人は、
桑原から見たら相変わらず中学校二年生の痴話喧嘩にしか見えないのだが、
そんなことを本人に言ったら顔の原形が分からなくなるくらい殴られると思い、
ずっと前に言わないことに決めた。(飛影と)

「6月中には祝おう、って言ったの幽助じゃない!」
『あ〜あ〜うるっせえなあ〜もう〜。』
「な、何よ・・・!」

螢子が下を俯いて拳を震わせ始めると、何らかの極めつけの言葉が飛び出すと決まっていた。
(勿論幽助と喧嘩している場合のみ。)

電話だと直接手を出せない分、どれだけひどいセリフが飛び出すのか予測ができない。
桑原が覚悟を決めて目を塞いだ瞬間。


『・・・んだよ。そんなに一緒に祝いたかったのかよー!』


「・・・え。」


セミの声も聞こえない7月初め。
図書館の静かな駐車場に、冗談っぽく大きな声で言った幽助の声と、
びっくりしたような螢子の声が静かに、桑原の耳にだけ届いた。

『・・・え゙。』

てっきり「んなわけないでしょ!」という威勢のいい怒鳴り声が返ってくると思い込んでいたからか、
幽助の驚くほど間抜けな声が電話越しに聞こえた。

「・・・そんなわけ、ないじゃない。」
『ん、お、おお、そっか。・・・うん。』

幽助の声が小さくなったため、桑原にはもう螢子の声しか聞こえない。
だから、桑原には電話の向こうで何を言っているかは分からない。

でも、螢子の赤くなった顔で、何かを察した。

(あーあ、嬉しそうだなあ、雪村。)

半ば保護者のような優しい眼差しで自分を見ている桑原の視線に気付いた途端、
螢子はさらに赤い顔をして、一旦携帯を耳から離して、小声で言った。


「・・・外、暑いね。」


にかっ、と螢子は桑原に笑顔を向けると、もう一度携帯電話を耳に当てて話し始めた。

少年のような笑い方。
それでも桑原は「雪村螢子」という人物に人気がある理由を再認識した。

「幽助、いつ頃帰って来れるの?・・・ふうん、そう。ん?よしよし、それでいいわよ。あははは!」

これ以上聞くのはあまりに野暮だ、と桑原は幸せそうな顔で話す螢子に背を向けて歩いて行った。

『・・・あのさ。』
「何よ。」
『誕生日プレゼント、何?』
「そんなものないわよ。何期待してるのよ。」

文字に表せないような、「うっ」というような声が電話の向こうから聞こえて、
螢子は何かくすぐったいような気分になって1人で笑った。

「嘘よ。うーそ。楽しみにしてなさいよ。」
『・・・う、おお。』
「じゃあ、そろそろ切るわね。またね。」
『おー・・・って、あ、ちょっと待て螢子!』
「ん?何?」


『好きだ。』


一瞬の沈黙。

「は!?」

螢子の声の直後、ツー、ツーと聞こえる音。

「あいつ・・・言うだけ言って・・・!」

あまりに突拍子過ぎるじゃない、と独り言をこぼしながら、待ち受け画面を見る。


通話時間:3分



(たった、3分だった?)

そんな短い時間だったのに。

それでも螢子はなんとなく幽助が隣にいるような心地よさを感じて話していた。
そのことに通話が終わってから気が付いたのだ。

「あ、はは。」

顔の温度が上昇していくような気がした。

(あくまで「気」がするだけ、だけどね。)

そんな、誰に聞かせるでもない言い訳をぶつぶつと螢子はつぶやきながら、
携帯をパタンと折りたたむと、荷物を持って図書館の門の外へ出る。

そこで、螢子はふと気付く。

「あ、桑原君、いない・・・。」

気付くのが遅い、のかどうかすらも螢子には分からない。
そこまで熱中していた、のかどうかは認めたくなかった。

(今までで一番の誕生日、になるといいなあ。)

せめてプレゼントくらい素直に渡せますように、と螢子は祈る。

空は、びっくりするくらい、一面の青。
雲なんてどこにも見当たらない。


「早く、帰って来なさいよー。」


螢子は空に向かって、一言、そうつぶやいた。

―――――――――――――――――――

(・・・螢子?)

何か小さな、懐かしい声が聞こえたような気がしたが、
浦飯幽助は今、それどころではなかった。

一瞬空を仰ぎ見て、自分の置かれている状況を思い出してすぐさま下を向く。

「うらめし〜。」
「・・・んだよ。」

自分の頭上から降ってくる嬉しそうな声。

「浦飯い〜。」
「・・・んだよ・・・。」

自分の背中の方から掛けられる冷やかし。

「顔、真っ赤だべさ?」

そして、極めつけは覗き込んできた、赤い髪の少年の純粋な一言。

「うっせえ!お前らが『本音言っちゃえよ』とか言うからだろバアカ!」

思わず怒ったように言い放ったが、顔がさらに紅潮してくるのを自分でも感じていた。

幽助の周りで、電話がかかってくるまで手合わせをしていた6人のメンバーはニヤニヤと笑っている。
あの、死々若でさえ肩を震わせていた。
「誰も、『好き』って言え、なんて言ってないべ?」
「あーもー。そういうことじゃねンだよーう・・・!」
「ははは、照れているな!」
「うるせー鈴木!黙れ!」

すぐさま始まる乱闘。
いや、じゃれ合いと言ったほうが正しいかもしれない。

色恋沙汰も、もって3分。
闘う男は、単純なものである。

(浦飯の嫁は、苦労するだろうな。)

殴られている鈴木と鈍感な陣以外、皆がそう思った。

「いて、いてて。」

予想以上に白熱した喧嘩が終わり、ごろんと草むらに横たわる。
上向きになると、そこにあるのは人間界と同じもの。


幽助が魔界で見た、普段は薄暗い空も、珍しく雲ひとつ無い青だった。


END


あとがき

幽助ハピバー!・・・ってあまり関係ねえ〜(笑)

第三者目線なのに、幽助側の状況が全然書けなかったス。
そして、第三者目線なのに、何度も目線が桑ちゃんに移りそうになっていました・・・。
なので若干不自然な文章が多いかと思いますが、その辺は多めに見てください^^←
シリアス→若干ギャグ→ちょっとキザ→若干ギャグという、
かなり急な話の展開になってしまいましたが、結構楽しんで書けました。
ちなみに最後の幽助サイド、
外で皆で喧嘩大会☆みたいな感じだったんですが、伝わりづらいですね。
というか伝わらないですね(笑)
雰囲気で感じてくださいw

個人的に幽助の誕生日は、螢子ちゃんがツンっとプレゼントを押し付けたり、
料理作ってあげたり、なんかポロッと泣いちゃったりする感じ希望です。
いつまでも新鮮な誕生日であればいいよ・・・!

ちなみに、タイトルは春田ななさんの漫画から。
特に関連性があるわけではないですが(青は関係してるけども)、
あの語呂が好きなので、このタイトルでいきました。