「関係」の名前

これだけは幽助に悟られてはいけない。

「幽助!起きてよ!」
「あ〜・・・?キスしてくれたら起きる〜。」
「何言ってんのよっ!」

バコッ

「いってえな!」
「さっさと起きて準備しなさいよ!もう6時!」
「はいはい・・・。」

これが毎日の光景。
いつものように大学の帰りに幽助を起こして仕事の準備をさせる。
幽助のラーメン屋は人気があるから、7時には開いてないといけない。
なのにどこかの店主はこうやって起こさないと絶対に起きない。
本当に、よく眠る男である。

私達の関係は、幽助が魔界に行く前日のプロポーズ以来、何もなくて・・・。
要は、幼馴染の関係のままだった。

「っていうかお前、今日なんかめかしこんでねえ?」

ぎくっ

「き、気のせいよ?」
「あ?そーか?まあいいや。」

何よ。
何よ何よ。
何で何も聞いてくれないのよ!

今日、実は大学のサークルの田崎先輩に食事に誘われている。
先輩にはいつもアプローチをかけられている。
大学の友達によると、「今日が決戦!」だそうだ。
好きな人(婚約者?)がいることを言わなかった私も悪いけれど・・・。
1度は断ったけれど、あまりの熱意にOKしてしまったのだ。

ということで今、少しおめかしをしている。
なのに幽助ってば・・・。

「じゃあ行くけど。先出ろよ。」
「あ、ああ、うん。」

幽助と一緒にエレベーターに乗ると、嫌な沈黙が流れる。

「なんだよ、珍しいな。しゃべれよ。」
「や、別に・・・。」
「?ってかお前化粧してねえ?くさい。」
「誰がくさいのよ!」

ああ、もう、またこんな風になってしまう。
エレベーターの中、こんなに近いのに。
幽助は何も感じないのかしら?

私は、こんなに、ドキドキしてるのに。

「じゃな。」
「行ってらっしゃい。」

交差点で幽助と別れた。
はあ・・・気が重いなあ・・・。

――――――――――――――

今日の螢子なんか変だったな・・・。
いつもよりめかしこんでやがるし。
なんか挙動不審だし。
よし!帰ったら問いただしてやろう!

「いらっしゃ・・・なんだ、桑原かよ。」
「客になんだとはなんだ!」
「はいはい、何にする?」
「チャーシューメン。」
「俺も。」
「あいよー。」

店にやってきたのは、桑原と蔵馬だった。
チャーシューメンを手際よく作っていると、こそこそと話す声が聞こえてきた。

「おい、浦飯普通に店やってんぞ・・・。」

え?

「そうですね。やっぱり違ってたんでしょうか・・・。」

おいおい、何がだよ?

「まあ、あいつがフランス料理なんて食わしてやるほど甲斐性あると思えねえけどな。」
「そうですね・・・。」

「何の話だっ!」

「「うわあっ!」」

「ゆ、幽助聞こえてたんですか?」
「俺に聞こえねえと思ったのか?」
「まあ、聞こえるように言ってたんですけどね。」
「てめえ・・・で、なんなんだよ。」

「今日、螢子ちゃんと会いましたか?」

あ?
なんで今、螢子の名前が・・・?

「俺らも会ったんだよ。雪村と。」
「あ?どこで。」

「フランス料理店の前で。」

「フランス料理〜?」
「やっぱり何も知らなかったんですね。」
「あいつがフランス料理かよー!」
「いいんですか?幽助。」
「あ?何が?」

「螢子ちゃん、男の人と一緒にいたんですよ。」

動きが、止まる。
男と、いた?

「・・・は?」

「お前なあ、安心してるとあっという間に盗られちまうぞ?雪村モテるんだぞ。」
「幽助、麺がのびますよ。」
「あ?ああ、わ、悪い。」

螢子がモテることは俺だって知ってた。
でも・・・フランス料理って・・・。
バカな俺にだってわかるよ。
そんなの告白しかねえじゃねえか。

あーあーシチュエーションから負けてるよな、俺。
俺定食食いながらだったからなあー。

螢子に明日会ったとき・・・普通にできるかなあ・・・。
いや、明日まで待てねえ!

「おい、桑原。」
「あ?あんだよ。」
「どこの店だよ。」
「あ!?なんだオメー乗り込むつもりか?」
「さあな。」
「4丁目の交差点コンビニの方向へ曲がったところですよ。」
「ん、分かった。じゃあ今日店閉まいするわ。」
「あああ!?」

これから来る客に申し訳ねえな、と思いつつ、のれんをはずす。

「幽助、頑張って。」
「おお。」

走って4丁目に向かう。
急げ、急げ・・・。

――――――――――――――

「どう?雪村さん。美味しい?」
「あ、ええ、はい。とても。」
「良かった。」

私は今フランス料理店で食事中だ。
幸い、ここに来るまで誰にも会わなかった。
デザートを食べ終わると、先輩が真剣な顔をして話しかけてきた。

「雪村さん。」
「・・・はい。」
「もう気づいてると思うけど、俺、君のことが好きなんだ。
結婚を前提に、お付き合いしてほしい。」
「・・・先輩。」
「返事は今は言わないで!しばらく考えて欲しいんだ。」

違う。
言いづらいとかじゃない。
もう、答えは決まっているのに。
断る「言い訳」が見つからない。

なんて説明すればいいの?
「好きな人」?こんなのじゃ断りきれない。
「恋人」?・・・恋人では・・・ない、よね。

「もう9時だし、出ようか。」
「はい・・・。」

先輩が会計を済ませて、外へ出る。
3月とはいえ、外に出るとまだ寒さが肌を刺す。

「はい。」
「え?」

突然目の前に出された、手。

「いえ、結構です。」
「遠慮しなくていいよ。」
「そうじゃなくて・・・。」

何を言っても先輩は引き下がらない。
・・・もう、どうするのよ。
嫌になってきたわ・・・。

「螢子。」

え・・・?
この声・・・。

「幽・・・助?」

店を出たと同時に、扉の横にいる幽助が視界に入った。

嘘・・・なんで?どうして?
どうして此処にいるの?

「雪村さん?知り合い?」
「え・・・あ、えっと。」

「螢子の、彼氏だよ。」

カレ・・・シ?
うそ・・・聞き間違いじゃないよね・・・?

「雪村さん・・・彼氏いたの?」
「あ、いえ・・・あの。」
「帰るぞ、螢子。」
「え?」

手を引っ張られて強引に連れて行かれる。
後ろを振り向くと、呆然とした先輩が立っていた。

「ねえ、幽助?」
「・・・。」
「なんでいるの?」
「・・・。」
「ねえってば。」
「・・・。」
「幽助!」

ぐいっ

!!

瞬間、幽助のタバコのにおいがした。
幽助の腕の中にいた。

「幽・・・助?」
「蔵馬たちにお前があそこにいるって聞いて・・・。」
「それより幽助・・・『彼氏』って・・・。」
「ああ、わりい。あの場面で他に言い訳浮かばなくて。」
「言い訳・・・?言い訳、なの?」
「いや、そうじゃなくて・・・!」

「私、幽助の『彼女』でいいの・・・?」

ああ、ダメだ。
声がかすれてる。聞こえてないかもしれない。

「いいに決まってるだろ・・・。」
「ほんと?」
「うん。だからさ、もう他の男についていくなよ。」
「・・・うん。」

少し不機嫌そうに、幽助は言った。
暗くて顔は見えなかったけど、きっと私と同じで真っ赤だったんだろうね。

明日、先輩に断りの連絡を入れよう。
堂々と、「彼氏がいる」って伝えよう。

幽助の腕の中で、そんなことを考えていた。

END



あとがき

嫉妬に燃える幽助が書きたかったのに・・・。ハア。
なんで他のサイト様の幽螢甘甘小説読んでるのは楽しいのに
自分で書くとこうなるんだ、と。