今日までの2人

電子音の響く部屋。
さっきあたしの作ったごはんの香りが漂っている。

「結婚しよう。」

蔵馬はあたしをまっすぐに見つめて言った。
あたしは一瞬びっくりした顔をして、蔵馬の方を振り向く。

返事は、決まっている。

「振られた後の・・・プッ、プロ・・・あははは!無理無理!」

決まっているはずなんだけど・・・笑ってしまった。

「はい、カットカット!おいぼたん!笑うんじゃねえよ!」
「ごめん〜。」
「そうですよぼたん。俺だって頑張って笑いをこらえているのに。」

ここは螢子ちゃんの家の食堂。
雪村夫妻に無理を言って貸してもらったのだ。

「だって蔵馬がさあ〜。」
「俺のせいにしないでくださいよ。」
「はいはい、もう一回撮るぞ!」

今日は、数週間後に行われる幽助と螢子ちゃんの結婚式で流すビデオの撮影をしている。
タイトルは「今日までの2人」。
幽助と螢子ちゃんの出会いから結婚が決まるまでの経過を、
あたしと蔵馬が代役として演じている。

勿論、昔の不良幽助も蔵馬が演じた。
監督である桑ちゃんはそんな蔵馬を見て笑いを押し殺していた。

ちなみに、悩んだ末に、魔界や霊界に関する部分は曖昧にごまかしてある。

「はい、OK!」
幽助が魔界に行く前日のシーンの撮りにやっとOKが出た。
あたしも蔵馬も散々笑ってしまったため、何テイク目なのか、誰も覚えていない。

「次のシーン、どこでしたっけ?」
「海のシーンだけど、どうする?」
「今から行けば丁度夕方ですね。行きましょう。」

あの日海に来ていた、静流さん、雪菜ちゃんも一緒に海に向かうことにした。
さすがに桑ちゃんも出演しないといけないので、監督として温子さんにも付いてきてもらった。


「テイクにじゅうさーん!」

温子さんの声が海に響くと、皆にやけそうな顔を抑えて演技を始める。
これだけ撮りなおしているのは、蔵馬の「いきなし何すっだ、このアマー!」や、
あたしの「バカね・・・。」に皆が何度も何度も笑うからだった。

蔵馬とあたしのセリフは桑ちゃんが言うことになった。

「あいつが押したのは青いボタンだ。あいつなんて言ったと思う?
『あっちが神なら、こっちは女神だ』だとよ。」
「あはははははは!くさいセリフだね〜、幽助君。」

さて、ここからが難しい。
あのときの螢子ちゃんの表情は真似ができない。
桑ちゃんは「蔵馬に言われたと思え!」って言ってたけれど・・・。
ここでどうしても笑ってしまうのだ。

無事に「バカね。」を(必死で)言い終えると、海に向かって走っていく。

バシャン!

「一泊決定〜。」
「今日は残暑が厳しいなあ、オイ。」

「いきなし何すっだ、このアマー!」

照れながらそのセリフを言う蔵馬を見て、自然に笑顔になっていた。

「はい、やっとOK!」

温子さんの言葉で、皆がカメラの方へ寄っていく。
びしょ濡れのあたしと蔵馬は、既にカメラを見ている皆を横目に、体を拭いていた。

「あの2人も、やっと結婚ですか・・・。」
「長かったねえ。」

あの日と同じように綺麗な夕日を2人で見ながら、思い出す。
撮影が始まるまで忘れていたこと、幽助たちと出会ってから今日までのこと。
平和な日常にかき消されてしまいそうだけれど、色々なことがあった。

「・・・ぼたん。」
「何さ?」

「俺たちも、結婚しませんか?」

へ?
けっこん?

びっくりして見た蔵馬の顔は真剣で・・・。
思わず黙ってしまった。
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのは蔵馬だった。

「撮影の間に言おうって思ってたんですよ。」
「・・・なんで?」
「幽助と螢子ちゃんのパワー借りないと言えないと思って。」
「普段散々砂糖みたいに甘い言葉吐いてるじゃないか。」
「ははっ、でもこんな言葉言ったことないでしょう?」
「そうだけど・・・。」

確かに蔵馬は冗談で「結婚」なんて言ったことはなかった。

「返事は?」

「・・・聞かないと分からない?」

小さな声で俯いて返す。

「分かりません。」
「いじわる・・・。」

沈みかけた夕日のせいで伸びた影がくっついて、離れた。

「今のキスが返事ですか?」
「言葉で言わせないでおくれよ。」
「仕方ないですね。」

微笑む蔵馬をと目を合わせて、あたしも笑った。

―――――――――――――

そして、結婚式当日。
一応螢子ちゃんの友人も参加するので、
妖怪たちも招かれている結婚式は明日になったらしい。

螢子ちゃんからのお父さん、お母さんへのお礼の言葉や竹中先生の挨拶。
その後、ついにその時間はやってきた。

ビデオレターの時間になると、幽助も螢子ちゃんも不安そうな顔をした。

「どうしたんだい?」
「どんなビデオなのか心配で・・・。」
「お前ら、変なシーン撮ってないだろうな。」

さてね、と曖昧な言葉を返すと、怒る幽助の声を聞きながら桑ちゃんと蔵馬の元へ走っていく。

桑ちゃんのビデオが流れ始めた。
ビデオの頭には「今日までの2人」の文字。

幼稚園での出会い。
素直になれなかった小学校と中学校。
悲しい別れと感動の再会。
武術会での出来事(酎達の証言から再現)。
仙水のことは省いたけれど、その後のプロポーズ。
幽助の就職と海でのシーン。

そして、「最後の」プロポーズ。

上品に涙を流す螢子ちゃんとは対照的に、幽助は顔を真っ赤にしていた。
桑ちゃんが選んだ音楽が止まると、これで終わりだと思った幽助が桑ちゃんの元へやってきた。

「く、くくく桑原てんめ・・・。」
「バッカヤロ浦飯!まだ終わりじゃねえよ!」
「ああ!?」

焦る桑ちゃんに言われて幽助がスクリーンを見ると、「おまけ」の文字が書かれていた。
そしてあたし、蔵馬、桑ちゃん、静流さん、雪菜ちゃん、温子さんからのメッセージが映る。


『おめでとう幽助!いやあ、色々あったさね〜。
長くなるからあえて語らないけれど、螢子ちゃんとお幸せに!』

『幽助、おめでとう。君とは色々あったね・・・迷惑をかけたり、かけられたり。
でも、楽しかったよ。これからもよろしく。そして、お幸せに。』

『よお!浦飯!もう分かりきっているが、お前は尻に引かれる運命だ。
まあ、頑張れよ。あと、俺はいつまでもライバルだからな!』

『螢子ちゃんおめでとう。結婚生活に疲れたらいつでも逃げておいで。』

『螢子さん、おめでとうございます!螢子さんたちの幸せを願っています。』

『よっバカ息子。いやあ、長かったねえ〜。
あんたたちがこんなことになるなんて、20年くらい前には想像もしなかったよ。
螢子ちゃん泣かせたら母ちゃんが許さないからね!・・・幸せになりなさいよ。』


ビデオレターが本当に終わると、もう幽助は殴りかかってこなかった。
何故かって、泣いている顔を見られたくなかったからだ。
まあ、皆にバレていたけど。

「あーあ、泣いてやがる浦飯のヤロー。バッカでえ。」
「桑原君、そんな赤く腫れた目の人が言っても説得力ないよ。」
「あはははは!桑ちゃんも泣いてるのかい!?」

ありがとう、と何度も繰り返す螢子ちゃんと、その後ろで鼻をすする幽助の姿は一生忘れないだろう。

そして、あたしと蔵馬の結婚式で流れた、
幽助と螢子ちゃんが主役を演じる、あたしと蔵馬の「今日までの2人」のビデオも。

END


あとがき

どうやって終わらせようか、本気で悩みました・・・!
当初オールギャグの予定だったのに、蔵馬がプロポーズなんかするもんだから、
なんか微妙な終わりになっちゃったじゃないかい!笑
本当はVTRを撮らせたかっただけなんです(爆)