「怖」



―――ハートに巻いた包帯を

     僕がゆっくりほどくから―――



「おい、躯。今日のパトロールの件だが・・・おい?躯?」

本日分のパトロールが終わり、結果報告と休憩ついでに躯の部屋に行くと、
普段はベッドの上で偉そうに笑うその部屋の主が珍しくいなかった。

「珍しいな・・・。」

別に誰に言うでもなく独り言を呟くと、部屋を出ようとした。

「飛影か・・・?」

!!

いないとばかり思っていたのに、いつの間にか俺の後ろに立っていた。

「・・・いたのか。」
「なんで気づかねーんだお前。」

・・・?
この声は・・・。

「躯。貴様泣いているのか。」

暗闇だから、と気を抜いていたようで、躯は思わず顔を隠した。
残念だったな。俺には邪眼がある。

「何かあったのか。」
「うるせえ、出て行け!」

さっきまでの暗いテンションとはうってかわって、躯はイライラし出した。

「俺だって来たくて来ているんじゃない。」
「なら、出て行けと言っているだろう!」

ボゴッ!

殴られて、部屋の扉を突き破り廊下へ出る。
いつも殴られているせいで元々服がボロボロだからか、どこを殴られたのか分からない。
いや、いつもなら躯に殴られたら鋭い痛みが走り、10分くらいは動けなくなる。
しかし今日の拳は痛みを全く感じないほど弱々しいものだった。
だからどこを殴られたのか分からなかったのだ。

「なんだ、あいつは。」

態度には出なかったとはいえ、せっかく心配してやったのに。
しかしこんなことでぶつぶつ文句を蔵馬に言いに行ってもまた茶化されて終わりだ。
俺にはそれがよくわかっていた。

明日になれば機嫌も戻っているだろう。
そう思っていたが、甘かった。

躯の機嫌は日に日に悪くなっていき、それと比例するように俺の心配も大きくなり、
それをさらに上回る不満が自分の中にたまっていった。

くそっ・・・なんで俺がこんなことを四六時中考えていなければいけない・・・!

躯への思いに気づかないように逆のことを考えてみても、無駄な努力に終わる。
こんな気持ちは雪菜のことを考えるとき以外、感じたことがなかった。

この感情をなんと呼ぶのかは知らないが、「それ」を知ったのはきっと人間界に行ってからだろう。

自分にとって不要なものだとは思っていない。
だが、少し重荷なだけだ。

「・・・人の気持ちも知らずにまったく。」
「飛影、何をぶつくさ言ってる?・・・人間の匂いだ。10時の方向。」
「ちっ、またか。」

小さく文句を言って、人間を助けに行く。
以前の俺なら、放っておいただろうな。いくらパトロールといえど。

変わったのは俺だろうか。俺の周りだろうか。

「三年だぜ気がとおくなる・・・三年もこんなくだらない見廻りをさせられるのか?」
「グチはよすんだな。全ては負けた我々の責任だ。」

躯の臣下でもあるパトロール仲間はよくこの言葉を洩らす。
確かに負けた俺たちが悪いのだが・・・。
そんなことを考えていると、いつの間にか躯の話になっていたようだ。

「・・・たしかに煙鬼も強かったが躯様が本気を出せば倒せない相手ではなかったはずだ」
「あの方の強さは精神状態に大きく左右される。」

言うとおりだ。
仲間がその後に続ける言葉など気にせずに百足の中で考え事をしていた。

あいつは自分の感情を制御できないのだ。
俺に何かしてやれることはないのか。

「...年に一度ひどく陰に入りこまれる時期がある。」


俺に・・・何か―――。

END


あとがき

私にしては珍しく「結」がない小説(のつもり!)
まあ、原作(SPECIAL DAY)に基づいてますからね。
飛影が躯に対して優しすぎてごめんなさい(笑)
飛影目線はとても難しい。
最初の歌詞はBOCの「アルエ」です。
「ハートに巻いた包帯」って「心(ハート)」に巻いた「布(包帯)」で、
「怖」になるそうです。(「心」はりっしんべん)