星合の願い事

7月7日。
1年に1度、織姫と彦星が会うことを許される日。

私の彦星は、今日も帰って来なさそうだけれど。

―――――――――――

「螢子ちゃん!蚊取線香はここに置いておくよ〜。」
『あ、はい。ありがとうぼたんさん。』

今日7月7日の七夕は、幻海さんの家での花火パーティーが開かれる。
メンバーは勿論、いつものメンバー・・・マイナス1名。
1名というのは、およそ1ヶ月前に18歳の誕生日を迎え、
その翌日に魔界へ行ってしまったバカ。
「誕生日だから戻ってきただけだったし、また魔界行ってくる!」
と、まるで近所のコンビニにでも行くように告げられたときは、嘘かと思った。

慣れっこだから、勿論ビンタ2発で許してあげた。

「それにしても幽助いつまであっちにいるんだろうねえ?」
『さあ、連絡がないですから・・・。』
「『結婚する』って約束はどうなったのかねえ、全く?」
『な、なんで知って・・・!』
「いやあ、幽助は酒が入ると口が軽くなるんですね。」
『蔵馬さん!?』

こんなに楽しい会話でも、心の底から楽しめていない。
口先だけの強がりはすぐにはがれてしまう。

それもこれも、全部あいつのせいなのに。
本人が此処にいないから、この不満をどこにぶつけたらいいのかも分からなくて。

―――――――――――

「皆さん、短冊にお願い事を書きませんか?」

桑原君と一緒に花火を買いに行っていた雪菜ちゃんの提案に、皆も乗ってお願い事を書くことにした。


【幽助が早く帰って来ますように。】

くしゃりと丸めて捨てる。


【幽助が無事でいてくれますように。】

もう一度、力を込めて丸めて捨てる。


どうせ、早く帰ってくるわけがない。どんなに早くても2ヵ月後だもの。
どうせ、無事でいるわけがない。どんなに元気でも傷だらけだもの。


どうせ、願いが天に届くこともないのだから。


段々目のあたりが熱くなってきて、じわりと風景が滲む。
どれくらいその状態のままでペンを持ちっぱなしだったのかは分からないけれど、
意識が現実に戻ってきたのは、蔵馬さんにそういえば、と声を掛けられてからだった。

「今日は晴れましたね。」

他愛も無い、といっても、あまりに他愛も無い話題で、拍子抜けしてしまった。

『・・・そうですね。』
「織姫と彦星は会えますかね?」

『・・・さあ、どうでしょうか・・?』

少なくとも、どこぞやの「彦星さん」は会いに来てくれなさそうですが、と皮肉を込めて答える。

涙を拭って、蔵馬さんの顔を見ると、心なしか微笑んでいるように見える。


「・・・だそうですよ?そろそろ降りてきたらどうです、彦星?」


楽しそうに花火をする桑原君、雪菜ちゃん、ぼたんさんから目を逸らさずに、
蔵馬さんは変な発言をする。

『?どういう意味で・・・。』


「余計なお世話だよバーカ!」


聞き返す前に耳に届いた、いやに懐かしい声。
この1ヶ月間、聞きたくて聞きたくて、
でも聞けなかった声。


『・・・幽・・・助?』


驚いて声のする方を振り向きながら名前を呼ぶと、そこには会いたくて会いたくてたまらなかった人。



「・・・よお。」



「振り向く」という表現より、「見上げる」という表現の方が合っているかもしれない。

幽助は、屋根の上にしゃがんで、バツが悪そうに鼻の頭をかいて私の方を見ていた。

『・・・なんでいるの?』
「なんで、とは何だよ。」

少しむすっとした表情で下に降りてきた。
幽助が飛び降りた少しの衝撃で、蚊取線香の灰がポトリと落ちる。

「用事が終わったから帰ってきたんだよ。」
『連絡くらい入れなさいよ。』
「忙しくてそれどころじゃ・・・。」

幽助が全てを言い終える前に、思い切り幽助の胸に飛び込む。
いきなりのことで幽助は一瞬体勢を崩したけれど、すぐに持ち直した。

「な、け、螢子?」
『・・・り。』
「え?」

涙が溢れてきて、鼻声を隠すために小さい声で言ったら珍しく聞き取れなかったみたいで、
ちゃんと耳に届くように、少し大きな声で言う。


『おかえり。』


格別珍しくも無い、当たり前の一言。
でも、独りのあなたの居場所を教えるための一言。


「・・・ただいま。ていうかお前泣いてねえ?」
『泣いてない。』

へへ、と少し笑って、もう一度幽助の服に顔をうずめる。
抱きしめ返してくれた手が暖かくて、蔵馬さんたちの目線も気にならなかった。


『一体いつからいたのよ?』
「お前がくしゃくしゃに丸めてるあたりから。」
『さっさと声掛けてよ。』
「お前が泣きそうだったから声掛けられなくて・・・。」
『バーカ。』

「・・・あのさ。」
『何?』

『俺、これからもさ、魔界行ったりとか・・・まあ、なんかフラフラするけどさ。
待っててくれる・・・?・・・織姫?」

顔を真っ赤にして、目線を合わせないようにして言う幽助を見て、
私も蔵馬君も、勿論皆、声を出さずに笑った。

「女神」なんて爆弾発言した男に「くさいセリフだ」なんて今さら誰も言わないけれど。

『仕方ない彦星ねえ。・・・でも1年に1回しか帰ってこない、とかなら捨てるわよ。』

「・・・気をつけます。」
『よろしい!』

ぱっと幽助の体から離れて、火照った体とちょっと汗ばんだ手を隠すように、ぼたんさんたちの元へ走っていく。

「幽助も花火やりますか?どうぞ。」
「・・・やらね。」
「照れんな彦星様!」
「っせえ桑原!ぶっ殺す!」

桑原君だって、久々に会えて嬉しくないはずないのに。
やっぱりなんだか私と似ている気がするな。
花火を振り回す桑原君と走り回る幽助を見て、「危ない」よりも「懐かしい」と感じる。

ああそうだ、と思いついてもう一度ペンを握る。

「あれ?螢子ちゃんまた書くのかい?」
『さっき丸めて捨てちゃったから・・・。』
「何て書くんですか?」

『内緒。』

赤くなった目を瞼で隠して笹の葉に結ぶ。
願わくば届くように、一番高いところに。



【いつまでも幽助だけの織姫でいられますように。 螢子】



―――心だけでも、いつも一緒にいられますように。


難しい願い事も、今日だけは夢見たい。

勿論あなたと一緒に、ね。

END


あとがき

七夕企画?企画!?すいません違います。
「星合」っていうのは、七夕の別名か何かでした。多分。
詳しくはWikipediaの「七夕」の項目をご覧下さいv
これは最初幽螢漫画としてこの間思いついたものだったんですが、
久々に思い出した今日がたまたま七夕だったので、急いで書きました(笑)
今日は私の地域は晴れたので良かったです。
雨でもカササギが現れることを祈って。
幽螢って織姫と彦星っぽいなあ、と思ってたんですが、微妙な終わり方に;