女神転生〜奇跡〜

『転生式ィ?』
「・・・一国の主ともあろう者が知らないなんて・・・。」

蔵馬はそう言うと、幽助の顔を一度だけチラリと見て大きなため息をつく。
幽助はまた説教でもされるのかと、ゴクリと息を呑んだ。

「転生式っていうのは、1万年に1度ある儀式でね。
1万年の間に霊界に送られてきた魂がひとつだけ、魔族になれるそうです。」
『はあ?んなの地獄から来たらやべーじゃねえか。』
「そんなタチが悪い連中を転生させるわけがないでしょう・・・。」

幽助は特に聞く気もなかったので、
そのひとつが選ばれる確率は何億分の一だとか、何兆分の一だとか、
頭の悪い幽助にも、それがどんなに低い確率なのかは分かっていたが、
そんなことはちっとも頭に入ってこなかった。
運の悪い自分のことだから、自分が一番転生してほしいと思う人は蘇ってこないと分かっていたからだ。

「興味なさそうな顔してるけど幽助。
この転生した魔族を無事に育てられたら、国の名誉だよ?」
『あ?どういうことだ、それ?』

幽助がそう尋ねると、やっと興味を持ってくれたと言わんばかりに蔵馬は続けた。

「その転生した魔族は、大抵すぐ死んでしまうらしい。」
『何で。』
「人間だった時の記憶があるからだよ。
それを覚えているのに、全く知らない環境で生きていけると思う?
それに人間界に行くこともできない。
今は人間界との間の結界は解かれて簡単に人間界に行けるけれど、
1万年前に死んだ魂だったなら、知っている人間が人間界にいるわけもない。」

それは簡単に分かるような内容ではなかった。
だが、その転生した魂の気持ちを考えたら幽助はゾッとした。
久々に帰省した地元に顔見知りが一人もいないようなものだ。

「だからこそ、その魔族を1年でも生き永らえさせることができたら国の名誉になると言われるんだよ。
分かった?だから幽助も頑張るんだよ。」
『何を!?』
「転生した魔族を手に入れる国は、所謂・・・オークションのような形で決まるからね。
以前のトーナメントで国は数百国にまで増えたから、大層盛り上がるでしょうね。」
『国の名誉なんて、どうでもいいんだけどなあ・・・。』
「まあまあ。そう言わずに参加だけでもしてみない?
転生の儀は、普段の魔界では見られないほど綺麗な光景らしいから。」

1万年に1回なら見てみても損はないだろう、と思い、幽助は蔵馬と一緒に転生式の行われる丘へと向かって歩き出した。

『俺なら生き返りたくねーなあ・・・。』
「・・・同感、ですね。」

道中、幽助は一言だけ呟いた。
そしてその後、考え事をするかのように黙ったまま歩き続けた。


もし、2000年以上前に霊界へ行った魂が戻ってきたら。
2027年会ってないおふくろは・・・会ってみてえな。また酒を飲みたい。
22年会ってない桑原は・・・喧嘩になりそうだ。あいつは絶対くたばらないだろうな。
まあ、どうせあいつは霊界にいるのだし。

2010年会ってない、螢子は・・・螢子に、会えるなら・・・。


幽助はそこまで考えて、思考を止めた。
何億、何兆、いや、もっと低い確率の再会を、望んではいけない。

本当の願いを首を振って打ち消した。


「ただいまより、転生式を行います。今回の呼び出し人は・・・。」

式の進行係の挨拶が始まるとともに、幽助はひとつ大きなあくびをする。

「それでは、転生の儀を行います。」

「幽助、起きて!始まるよ。」
『あ?ああ・・・ふああ。』

進行係の言葉が会場に響くと同時に、空から光が射す。


ああ、確かにこれは綺麗だ。


普段は雨が降るか曇り、どちらかでしかない魔界の空を埋め尽くす暗雲の間から、
白、否それよりも黄色に近い色の、美しい光が梯子のように降りてくる。
そして、その一本の光の真ん中を、一際強い光の塊がゆっくりと通っている。

その塊が会場の真ん中にある台の上にたどり着くと、光の梯子はすぐに消えてしまった。
だが、その塊はさらに強い光を放つ。

それまで興味のなかった幽助も、
文献で知っただけで実際には勿論見たことのなかった蔵馬も、その光景をじっと見ていた。

「それでは呼び出し人の方に転生を行っていただきます。」

呼び出し人とは、今さっき降りてきた塊、もとい魂を魔族にする任の妖怪で、
今回の呼び出し人は黄泉のようだ。

『なんで黄泉なんだよ?』
「さあ?妖力の強い妖怪が魂に妖力を与えて魔族にするらしいから・・・。
たまたま黄泉が選ばれたんじゃないかな?」
『ふーん。』

折角答えてあげたのに、と蔵馬は不服そうな表情で再び中央を見る。
既に黄泉が着いていたため、幽助の袖をくいと引っ張り、見るよう促した。

黄泉が魂に手をかざし、妖力を送り込むと、
それまでただの塊にしか見えなかった魂が段々と人の形になっていく。

細い腕、細い脚、長い髪などから、女性であることは誰もが分かった。
それでも、まだそれは「人型の光る物体」のような状態で、顔などはまったく分からない。

その魂の全体に妖力が行き渡り、ようやく顔が分かるような状態になる頃、
蔵馬はゆっくりと、恐る恐る幽助の方を振り向いた。

「幽、助。」

震えを抑えようにも、それもできないほど動揺している。
蔵馬にとって、こんなことは初めてだった。


細い手足、白い肌、大きな目、整った顔立ち。

そして、栗色の、髪。


幽助は「その人」から目を逸らさずに、一言だけ呟いた。



『螢子・・・?』






あとがき

一度書いてみたかった小説です。
思ったより長くなってしまいました(笑)全三話予定。
次の話は微妙なことになるかと思いますが、どうかお付き合いください。