ENVY
それは、幽助が生き返って2週間くらいたった時のこと。
嵐はやってきた。
「浦飯先輩!」
「先輩」?
「先輩」という言葉が、あまりに似合わない名前の後についてきたもんだから、
理科室に移動中のクラスメイトは皆驚いて声のする方を振り向いた。
そこには、目をキラキラさせて、学校一の不良に話しかけている1年生がいた。
・・・女の子の。
「浦飯先輩!生き返ったって本当だったんですね!」
「あ?おお・・・?」
幽助は、明らかに戸惑っている。
当たり前だ。
今まで私以外の女子に話かけられたことなんて、
「すいませんどいてください」「ノート提出今日までです」程度だったのだから。
それも、9割がびくびく怯えながらの言葉で、こんな風に楽しそうに話かける子は今までいなかった。
「良かった〜!私、一度話してみたかったんです!」
「は?何で?」
「だってかっこいいじゃないですか!」
「かっこいい!?」
「かっこいい!?」と声に出したのは幽助だけだったけれど、
そのセリフはそこにいる誰もが思ったことだった。
確かに幽助はブサイクということはないし、どちらかといえば可愛らしい顔立ちだとは思う。
でも、決してそのオールバックでキメた髪型や、短ランがかっこいいと言われることはなかったのだ。
「いや〜、やっぱり分かる奴には分かるんだな!」
私達がいつ女の子が危険な目に遭うかと心配しているのをよそに、
当の本人はその1年生よりも輝く瞳で笑っている。
あんな笑顔、私だって最近見たことないのに。
「ライバル登場かね?けーこさーん♪」
「何言ってるのよ、夏子。」
それどころじゃないんだから。
私は私で、ぐちゃぐちゃになっている頭の中を整理しようと必死なのに。
キーンコーン・・・
「あ!やべえ!」
「いそげ〜!」
珍しい浦飯幽助を見ていて、危うくクラス全員理科室に遅れそうになる。
幽助はというと・・・未だに楽しそうに話している。
なんか、やな気分。
「そこの1年生!あなたも早く授業行きなさい!」
「はーい!」
楽しげに話す2人を見ていたくなくて、思わず出てしまった先生みたいな言葉だけど、
その女の子は思ったより素直に聞き入れて、自分の教室へと戻っていった。
さりげなく、幽助とその子の口が「またあした」と動いたように見えた。
幽助は楽しそうな顔で振り返って、私の顔を見るなり真顔に戻る。
あの子の前ではあんなに楽しそうな顔しておいて、命の恩人(?)にはこの態度。
何考えてるのよ。
その言葉は私自身にも言えることで、
何を考えているのか1番分からないのは、私だった。
「また明日」なんて、何年聞いていないだろう・・・?
明日があるなんて、分からないのに。
そしてそれは、幽助が1番よく分かっているはずなのに。
きっと私には言ってくれないんだろう、な。
次の日も、その次の日も、その女の子はやって来た。
元々クラスメートはそこまで幽助に関心があったわけではなく、
むしろ無関係を装っていたくらいだから、誰も気にしてはいなかった。
「先輩もD's好きなんですか?私も好きなんですよ。」
「いいよなーこの間のアルバム聞いたか?」
「勿論!ライブのチケットも取りました♪」
「まじで!?うわ本当だ!今日じゃねーか!」
なんだか、聞いていられなくて。
ガタン!
いきなり席を立って、廊下に出て行く。
後ろから夏子の声が聞こえたけれど、とりあえず返事をしなかった。
・・・後で謝っておこう。
私って、こんなに感情に流される人間だったかなあ・・・。
楽しそうに話す幽助も、あんな笑顔も、「私」にじゃないことが嫌。
こうやって教室を出てきてしまったけれど、2人が今私の知らない場所で話しているのも嫌。
それより何より、1番嫌なのは、この感情だ。
教室に戻ると、STが既に始まってしまっていた。
「雪村、珍しいな?遅れるなんて。」
「・・・すみません。」
「珍しいといえば浦飯、最近毎日学校に来とるじゃないか。」
「へへっ、可愛い後輩が待ってるもんで。」
すいませんね。
今までは可愛くない幼馴染しか待ってる人がいなくて。
「まあ、いいことだな。」
竹中先生がチラリとこっちを見たような気がした。
皆私と幽助に何かあったと思ってるかもしれないけれど、
ただの幼馴染なんだから、これが普通なのよ。
「起立!さようなら!」
言い終えると同時に鞄を持って下駄箱に向かう。
ローファーを履き終えて、昇降口を出る。
そういえば、今日はライブとか言っていたっけ。
幽助と歌手の話なんかしたことないから、よくわからないけれど・・・。
一度、ああいう話もしてみたいな。
あ、なんか少し泣きそう。
なんで泣きそうなのか、よくわからなくて、余計に泣きそうになる。
バタバタ・・・
誰かが走っている音がする。
と思った瞬間。
むにゅ
「だーれだっ♪」
パン!
「何すんのよ!?バカ幽す・・・け?」
え?幽助?
ここにいるはずない。
そう思って少しヒリヒリする右手をそのままに後ろを振り向くと・・・
やっぱり、中身も「幽助」の、幽助が立っていた。
ああ、今まで私は反射的に「バカ幽助」と言っていたんだなあ、と初めて知った。
「なんで?」
「は?何がだよ?イテテ・・・。」
「ライブじゃないの?それと、自業自得よ、バカ。」
「いやあ、実はそのつもりだったんだけどよー。
今日、『濡れ濡れナース26時』の発売日だって思い出して。」
・・・は?
「・・・な・・・。」
口をパクパクさせていると、幽助は久々に声を出して私の前で笑った。
笑っ、た。
「もしかしてAV買いに行くのに私付き合わせるつもり・・・!?」
「後輩連れてけねーだろ。」
「だからって!!」
少し期待していたのに。
私の元へ来たのはあまりにアホらしい理由だった。
それでもほころんでしまいそうな頬をどうにか緩まないように必死になっていた。
「まったく・・・。」
「だってよー最近螢子、元気なかったろ?」
「え?」
それはあんたのせいよ、だなんて言えなかったけれど、
私の些細な違いに気づいてくれたのがすごく嬉しかった。
でも、違うでしょう?
「元気ない・・・っていうか態度が変だったの、幽助じゃない。」
「俺?」
「なんか私の顔見るなり笑わなくなるし。」
「それ、は。」
ほら、また言葉を詰まらせる。
「まあ、あえて聞かないでいてあげるわ。じゃあAV頑張ってね〜。ばいばい。」
「え!?ちょっと待てよ螢子!あーもう!また明日な!」
また明日
あれ?これって、こんなすごい言葉だっただろうか。
モヤモヤもイライラも他の変な感情も、一瞬で消えてしまった。
「・・・また明日。」
翌日、幽助は学校に来なかった。
「また明日」は口約束か・・・。
そう思いながら家に行くと、ゲームをしていたから思いっきりビンタしてやった。
なのに、学校で見せた笑顔よりもっと格好いい笑顔を見てしまったから、私も笑わざるを得なくなってしまった。
買ったはずのAVの袋すらもゴミ箱の中に入っていなかったことは、気づかないふりをしてあげる。
嘘がへたくそなのは、昔から、今も、そしてずっと先も変わらないと思った。
明日は、学校で会いたい。
END
あとがき
幽助が螢子ちゃんの顔見て真顔に戻ったのは、
きっと人工呼吸なのかキスなのか、悶々と考えていたせいなんですよ!
いつも悩んでいる幽助・・・かわいい、かわいすぎる。
そんなこと知らずに妬く螢子ちゃん・・・かわいい、かわいすぎる。
「だーれだ」は精一杯だったりするとよい。
幽助モテシリーズ第2弾、「元気後輩」です。
AVのタイトルはメンズ校を参考に(笑)
D'sはパクリではありません。インスパイヤです←
夏子のセリフは初め桑原のセリフだったんですが、このときあんま仲良くなかったかなあ、と思って。
終わり方が微妙なのはいつものことなのでそっとしておいてあげてくださ・・・!