バイバイサンキュー

『ねえ「くらま」。ホントに大学行かないの?』

一瞬肩がビクッとしたように見えた。
禁句だっただろうか?

あれ?・・・こっちを向かない。
絶対聞こえているのに。
反応したのなんて肩の動きで分かってるのに。
南野は、やたら起動の遅いパソコンの画面を見つめていた。

バレンタインデーはもうとっくに終わったけれど、ホワイトデーはまだまだ先。
卒業式まであと1週間。

コンピュータ室にある古い回転式のイスがギッと音をたてる。
ようやく観念したのか、南野が複雑そうな顔でこっちを向いた。

「・・・その名前、なんで?」
『この間青い髪の子が言ってたじゃん。』
「・・・そういえばぼたんが言ってたね。」

あれ以来、南野がチョコをほしがっていた「ぼたん」とやらは見かけなかった。
あの人のことについて、私も何も聞かなかった。

『質問に答えろっ!』
「うーん、義父さんの会社に入るからさ。別にこれ以上大学で学びたいものもないし。」
『あーあ、モッテモテのキャンパスライフが・・・。』
「何言ってるんだ・・・。日比谷はバスケのために行くんだよね。」
『そうだよ。』

「あーあ、起動遅いなあ・・・。」

ぽつりとこぼした愚痴。
今までなら「他の女の子の前では完璧ぶってるのに」って優越感に浸ってただろうなあ・・・。
いや、今も考えてはいるけれど、優越感と一緒に虚しさもやってくるから。

『そーいえば南野スポ大バスケだよね?よろしくね!』
「ん?ああ、よろしく。」

スポ大とは、3年の卒業前の最後の行事、スポーツ大会のこと。
まったく3年にもなってなんだこの中学生のような行事は!と突っ込みたくなる。

同学年の女子にとって、運動部でない南野がスポーツをしている姿を見る最後のチャンス。
まあ、私にとっても同じだけど。

「あ、やっと開いた!」
『よかったね〜、じゃあ帰りま〜す。』
「ん、じゃあね。」

そう告げて、コンピュータ室を出て行く。
「情報の先生に用があるから。」と言っても、結局は南野と少しでも長く一緒にいたかっただけなのだ。

もうすぐ、卒業だし―――。


「「「南野、ナイッシュー!」」」

スポ大当日。
南野は予想以上に活躍していた。

『なんでこんなに運動できるのに運動部じゃないの?』
「生物部だと楽でしょ。」
『まあ・・・ね。』

あーあ、バスケ部だったらもっと接点あったのになあ・・・。
今さらどうにもならないことで後悔。

「キャー!南野くーん!」

女子の声援があがる。
他にもバスケチームの男子はいるのに、その声援は明らかに南野にのみ向いていた。

輝く汗、シュートした後の笑顔、男子とのハイタッチ、真剣な表情。
確かに南野ファンにとっては至福の時間だろう。

「南野!パス!」

試合終了まで後42秒。
男子が南野にパスをまわす。

後20秒・・・10秒・・・。
宙に弧を描いたボールが見事にゴールに入る。

ピーッ

試合終了の笛が鳴る。
私達のチームの圧勝だった。

『やったあ!』

・・・しまった。
気づいたときには遅くて、私は勢いあまって南野に抱きついていた。
まわりの女子の視線が痛い。

「痛いって、日比谷。」

南野は顔色一つ変えずに私を見ていた。
・・・身長、高いな。

『へへ、いいのいいの。勝ったんだから。』

―――――――――――――

『今日は勝ってよかったね!』
「そうだねー。」

3年生は受験のため、もうすでに帰る時間が早くなっている。
まだ夕方、という時刻にもなっていない。

『さすがに寒いね。汗かくと。』

白い息を吐きながらぽつりとこぼすと、「はい」という返答と同時にマフラーが頭上から降ってきた。

『・・・へ?』
「明日返してね。」
『あ、ああ、うん。』

やばい。
やばいやばいやばい。
嬉しい。

ああーだめだめ顔に出すな!

自分の中で「嬉しい気持ち」と「素直じゃない気持ち」が戦っている。

真顔でありがとう、と言うと、花の香りがするマフラーをゆっくりと自分の首に巻いた。

「あと一週間で卒業かー。早いね。」

ああ、そうだ。
もう、卒業なんだ。
ずっと分かっていたことだけど、南野に改めて言われて実感した。

さっき南野の言った「明日」は、高校生の私達にあと何回訪れるのだろう?

『そうだね。寂しいなー・・・。』
「日比谷らしくない発言だね。」
『いつもおセンチに考え事してるのが分からないの?』
「あはは、分からないな。」

こんなくだらない、なんてことない会話も、もうあと少し。
一緒の大学に行く可能性も0%・・・。

私は何か、やり残したことがないだろうか?

心当たりは、1つだけ。

嫌だ、嫌だと思っていると逆に早足でやってくるのがテストと卒業式。
あっという間に別れの日がやってきてしまった。

「大学に行く者も就職する者も、充実した人生を歩んで行って下さい。解散!」

卒業証書授与式が終わり教室に戻ると、お世話になった担任の先生の話があって、
それが終わると皆記念撮影したり、今まで聞けなかった人にメアドを聞いたり。

もちろん南野秀一の周りには女の子が数え切れないほどいた。
卒業生も後輩も、バレンタインデーに教室の周りにいた人数とは比べ物にならないくらい。

「日比谷、今から帰るの?一緒に駅まで行かない?」
『別にいいけど。女の子達は?』
「海藤に任せてきた♪」

学年首位を争う者同士、話が通ずるところもあるのだろうか。
南野は海藤と結構仲がいい。

『かわいそうに・・・。』
「海藤も最後に女の子に囲まれて幸せだよ。」
『うわっ!嫌味っ!』

いつものような話をして、南野の屈託のない笑顔を見て・・・。

―――ああ、今日で最後なんだ。

「じゃ、またね。」
『うん。今度は同窓会かな?』
「はは、そうだね。」

まるで明日も学校があるみたいにお互いに手を振る。
卒業証書を片手にバス停へと歩いていく南野の後姿から目が離せなかった。


明日から、南野の居ない日々―――。


ぽたっ

『・・・?あれ、泣いてる・・・?』

南野の背中がぼやけて、右手に涙が落ちたことで、自分が泣いていた事実にようやく気づく。

『なんで・・・。』

自分自身に問いかけて思い浮かんだ答えは一つ。

私、まだ、何も伝えてない。

―――南野。

『南野っ!』
「・・・え?」

大きな声で呼ぶと、南野とその周りにいた通行人が私の方を振り向く。
声で気づいたのか、遠目に見えた私の赤い目で気づいたのか、
南野が私の方へ駆け寄ってこようとした。

『止まれ!そして、よく聞きなさい!』
「は、はいっ?」

反射的に動きを止めて、何を言われるのだろうか、とおどおどして私の言葉を待っている。

・・・声、掠れそう。

『・・・っ大好き・・・!』

もう南野の顔を見る余裕もなかったから、どんな表情をしたかは分からないけど、
涙を拭ってから見た南野は少し笑っていた。

「・・・ありがとう、日比谷。」

そう言うと、バス停に向かって走り出し、バスの一番後ろの席に乗った。
出発するバスの一番後ろでこちらを見ずに手を振る南野に両手を大きく振り返す。

ありがとう、南野。
今までありがとう。
「ごめん」を言わないでいてくれて、ありがとう。

大好きだったよ―――・・・。

―――――――――――――

日比谷が、俺のことを、好き?
想いを告げられた瞬間、信じられなかった。

目の前で泣く日比谷。
こんな彼女を見たのは初めてだ。

「友情」の「好き」ではないだろう。
そんな冗談を言う雰囲気ではない。

なんて言ったらいいのか、正直分からなかった。

でも・・・。

日比谷は、俺が居心地いいと感じた、唯一の同級生だった。
女友達と呼べる、唯一のクラスメートだった。

「・・・ありがとう、日比谷。」

こう言うのが精一杯だった。

バスに乗った後彼女の表情を見るのが怖くて振り向かずに手を振った。
でも、見ないのも怖くて一度だけ振り向くと、ゆっくりと弧を描く彼女の両手が目に入った。

明日からお互い違う道を行くけれど、
いつか再会することがあったなら、今日のことを笑って話せると、いいね。

END


あとがき

「そのポジションのままで」の続編?
さよならbyebyeをイメージしました。
再び日比谷さん。ごめんね嫌な思いさせて・・・でもオリキャラ大好き。
直接告白するって勇気いりますよね。私の理想をつめてみましたw
「身長伸びたな」って感じる瞬間っていいですよね。
私はそういうところに「男の子だな」って感じます←
螢子ちゃんもときめいてましたしね!
初期タイトルは「さよならとありがとう」だったのですが、
UPする直前に英語にしたくなって、フェアウェルとか浮かんだんですが、
どうせならバンプでいいか(コラ)と思ってこういうタイトルに。
ちなみに、UPしたの8月下旬ですが、書いたの6月のはじめです(笑)