雨音に誘われて、君の元へ行こう/飛躯 08.06.30

どこか遠くで歌声が聞こえた気がした。
こんなところでも歌を歌う奴がいるのだろうか。

「雨だぜ。全く嫌になる。」

・・・雨?
ああ、そうか。
歌声ではなく、雨だったのだ。

百足の中でパトロール仲間のこぼした愚痴で、自分の勘違いに気づいた。
口に出して「歌声」だなんて言わなくてよかった。
俺の頭の中にもついに花が咲き出したのだろうか?

「おい飛影、何物騒なツラしてる。パトロールの時間だぞ。」
「・・・雨なのに、か?」
「雨は嫌いか?」
「嫌いではないが・・・。」

どちらかといえば好きではない、というだけのこと。
ただ、涙や雨で嫌いなものを連想してしまうことは否定しようがない。

「俺は好きだな。」
「・・・。」
「雨の振り込まない場所で雨宿りをしたり、雨に濡れたりな。」
「濡れるのが好きとは、悪趣味な奴め。」
「はは、悪趣味さはお前といい勝負さ。」

じゃあ行こうか、と促されて外へ向かうと、思っていたより雨は強く、
これからのパトロールが一層億劫になる。

「お、飛影。今日も寝てたのか?」

そう言う時雨は雨を避けもせず、びしょびしょに濡れていた。

「濡れてもかまわんのか。」
「俺は雨が好きだからな。」

貴様もか、と思って口にするのをやめる。

「・・・何故?」
「雨の音は初恋の悲しみに似てる、って聞いたことはないか?」
「あるわけがない。」
「だろうな。俺は初恋を経験したことはないがな。
雨に濡れていると、こんなものなのだろうか、と考える。」

・・・初恋、か。
嫌な女の顔が頭に浮かんで、それを取り払うように頭を横に振る。
百足の外に出てまだ数分のはずなのに、頭を振ると水しぶきが飛んだ。
もう服も頭もかなり濡れている。

「俺には全くわからない。」
「俺にも分からないが、初恋とやらがあるのなら、
こういうときに愛しい者に会いたくなるのではなかろうか?」

「おいおい、男同士でする話ではないぞ。」

他の仲間の声が飛んでくると、時雨は苦笑して立ち上がった。

「さあ行くか・・・飛影?行くぞ?」
「俺は遠慮しておく。」

不機嫌ともとれるような言い方で吐き捨てて再び百足の中に戻る。
その行動はからだが勝手に行ったもので、どういう理屈が働いたかは分からない。
気づくと躯の部屋の前にいたことも、俺には理解ができなかった。

これが「雨音の誘い」だということにすら、一生気づかないふりをするだろう。

俺が百足の中に戻るのを見ていた時雨が
「あいつは会いたくなったんだろうな。」と笑いながら言っていたことを、俺は知らない。

END

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あとがき

最初蔵ぼを書こうと思っていたんですが、いつの間にか飛躯。
雨音に誘われて躯に会いに行く、という展開に
どうつなげるべきか悪戦苦闘してました。
この2人は素直じゃないから大変。