風邪気味恋日和

ごほ、ごほ。

二人きりの静かな部屋の中に咳き込む音が響く。
時計の針と、俺の読んでいる漫画のページがの擦れ合う音も微かに聞こえる。

「大丈夫かよ。」
「大丈夫よ。ちょっと喉が痛いだけ。」

大丈夫、大丈夫と繰り返しながら螢子はしかめ面でまた咳をした。
・・・俺には決して大丈夫なようには見えない。
現に螢子の顔はいつもより少し赤く、恐らく熱を測れば38度くらいだろう。

「熱あるなら寝てりゃいいのに。」
「何言ってんのよー今日中にレポート仕上げるために今これ読んでるんだから。」

そう言って螢子は数枚の紙を指差す。
内容がチラリと見えたが、意味は全く分からなかった。
どうして俺の家で読むのか、と思ったが、
俺も螢子が家に来たからと言って邪魔だと感じることも無いから文句は言えない。

そして再びの沈黙。

カチコチ カチコチ
ペラ ペラ
ごほ げほ んん゙っ・・・ ごほごほ

(また、咳き込んでら。)

それまで黙って漫画を読んでいたが、さすがに心配になってくる。
もう家まで送った方がいいだろうか。
時刻はすでに午後10時。

しかし螢子の横に転がる原稿用紙と筆箱、着替えや洗面用具を見て察するに、こいつは今日泊まる気満々だ。
ちなみに俺はそんな話は聞いていない。

泊まる気の螢子に何を言っても無駄だと言うことは分かっているが、さすがに帰さないとまずいだろう。
熱があるのに無理をしてレポートを仕上げ、明日大学を休む羽目になってしまっては元も子もない。
俺は宿題を提出期限に間に合わせたことがない(というより、そもそもやったことがない)が、
熱を出してぶっ倒れてまで出す物ではないだろう・・・恐らく。

(何て言ったら帰んのかなー。)

漫画雑誌のページを捲る手はそのままに、いろいろと考えを巡らせる。
強引につれて帰っても無理なのは分かっている。

「今晩俺用があるんだ。」なんてどうだろう。
ああダメだ。
浮気だと疑われるのは嫌だ。
というより今朝螢子が来たとき「俺今日ずっと暇だからいいよ。」と言ってしまったような気がする。

「お前の体が心配なんだ。」・・・あー無理。
俺の精神的に無理。
昨日やったゲームのラスボスの必殺技を交わすくらい無理。

ああ、でも、もしかしたらこの方法なら。
俺の頭には、あまりに幼稚な考えが浮かんだ。

(これならいけるかもしれねえ。)

「螢子ー。」
「んー。」
「今日お前泊まる気なんだよな?」
「そうだけど、ダメ?」
「いやあ、ダメってかさあ。お前レポート仕上げんだよな?」
「うん。」

「俺の相手をする気はない、と。」
「・・・はあー?」

螢子はあまりに間抜けな顔で初めて紙から俺へと視線を移した。
顔は真っ赤だが、おそらく照れているわけではない。

「何ばか言ってんのよー。」
「冗談じゃねえって。」

俺の真剣そうな声に、螢子は思わず目を逸らした。
顔はさっきより心なしか赤くなっている。

「こんなこと言いたくねーけどさあ。お前顔真っ赤じゃん。
なんつーかさあ、そのさあ、あの、そそるってか、誘われてるっつーの?」
「・・・どスケベ。」

上目遣い、真っ赤な顔、への字口。

(ああ、もうダメだ。俺ノックアウト。)

俺がやらしい気分になってると螢子が思い込めば「変態」と言って帰るかと思っていたが、
螢子は一向にそんな素振りを見せないし、逆に俺が本気でそんな気になってしまってきていた。

本当に俺って、馬鹿な男だなあ。

(知ってるわよ、って言われそうだな。)

「ほんっとーに俺の夜の相手をする気はない?」
「何、本当にそんな気分なの?だからないって言ってるじゃない。」

「・・・じゃ、キスしたい。」

「え、やだ・・・ってか無理。風邪、伝染る、わよ。」

螢子は再び右手に持っている紙に視線を落とす。
螢子の背後にはソファーも壁も無く、左手だけが螢子を支えている状態だ。

(ラッキー。)

そんな姿勢のお前が悪い、と言わんばかりに右手で螢子の左手を引っ張ると、案の定螢子の体は後ろに倒れそうになる。

「きゃ、あ!?」

素早く螢子の背中を左手で支えて、螢子の左手から放した右手で螢子の頭を支えた。
周りから見たら、俺が螢子に倒れこんでいるような状態。
勿論俺の体重は螢子にはかかっていないけれど。

そんな状況で耐えられる男なんて、いるか?
いや、いねえだろ。

ゆっくり唇を近づけて、目を閉じて、軽いキスをする。
熱があるからか、螢子は熱かった。

「螢子。」

目を瞑ったまま名前を呼んで、今度は深く口付ける。
「ん」という声と共に、螢子の吐息が少しだけ漏れた。

唇をゆっくり離すと、潤んだ螢子の瞳が目の前にあった。
俺が、映っていた。
俺だけが、映っていた。


「・・・我慢してたのに。バカ。」


俺の胸の位置にあった螢子の腕が俺の首へと回される。
ゆっくり顔が近づいて、ゆっくり唇が触れた。
俺も螢子も、深く目を瞑った。


翌日俺が熱を出したのは言うまでもない。


END


あとがき

う、ううーん・・・。
こういう終わり方でいい・・・のかな?
こう、エロを予感させる終わり方がしたかっただけなのに・・・うん。
やっぱり上手くいきませんね。
でも楽しかった。
たぶん幽助は螢子の上目づかいとかに非常に弱いと思われますね。

結論:エロでもなんでもないっていう

※>>勿論俺の体重は螢子にはかかっていないけれど。
このものすごく不自然な一文は、単に私が描写できなかったので、
幽ちゃんにフォローしてもらいましたw