2人だけのメッセージ

「劇?」
「うん。演劇部の、ね。」

久々のデート。彼氏の家。
条件は揃っているのに甘い空気が何もないなんて、とがっくりしていたら、
蔵馬から文化祭の話が出てきたのだった。

「なんで演劇部?助っ人かい?」
「かけもち。」

そんなの知らなかった!と驚くあたしに渡された1枚の紙。
長方形のその紙には、「演劇:happiness」の文字。

「一人で見に行くのはなあ・・・螢子ちゃんと桑ちゃんと誘ってもいいかい?」
「かまいませんよ。はい、チケット。」

追加された2枚のチケットを受け取って、今日のデートはおしまい。
別に甘い雰囲気を期待していたわけじゃないけど・・・。
ううん、正直、期待はずれだった。
あたしのことをほんとに好きなのか、なんて疑わないけれど、最近少しさびしい気もするのだ。

―――――――――――

「いや〜蔵馬の奴が劇か〜。想像しただけで・・・ぶふ!」
「桑原君、失礼よ。」

文化祭当日、あたしは桑ちゃん、螢子ちゃんと3人で蔵馬の高校へ来ていた。
本当は幽助も誘いたかったけれど、魔界に行っているから今回は無し。
螢子ちゃんを誘ったのは、元気のない螢子ちゃんを元気づけるためでもあった。

「どんな劇なんですか?」
「ん〜?なんかよく知らないんだよ。でも、蔵馬はなんか台本書き換えたって言ってたねえ・・・。」

「ロミオとジュリエット」ならまだしも、「happiness」というオリジナルの劇では、内容なんて想像もつかない。
その上蔵馬が改造したらしいから、どんなに恐ろしいものになっているのやら。


ブー・・・

体育館に響く始まりの音が聞こえると、今までざわついていた会場が一気に静かになった。

『演劇部による劇、「happiness」主演、南野秀一・・・。』
「「「きゃー!」」」

他の出演者の名前が聞こえなくなるくらいの声援。
周りの男の子たちは嫌そうな顔をして耳を押さえている。

「蔵馬さんって高校でも人気あるの?」
「・・・そうみたい。」

少しすねながら言ったあたしを、桑ちゃんはにやにやしながら見ていた。

そして、舞台の幕が上がった。
そこには既に蔵馬が立っていて、髪を後ろでとめて、短髪に見える。


なんだか・・・別人のようだった。


―――――――――――

物語の内容は、幼馴染の男の子と女の子の話。
あたしは螢子ちゃんの方が向けなくて、それは桑ちゃんも同じだったみたいだ。

いつも喧嘩ばかりしている2人。
周りの友達は、2人が付き合っていないことを知っていても、
「2人はお似合い」という暗黙の了解を持っていた。
そして、それは2人の間でも同じで、この関係と、この日常がいつまでも続く。
そう信じていた。

しかしその日常はある1つの事件で崩れてしまう。
男の子が他のクラスの女の子に告白されたのだ。
男の子は断ったけど、幼馴染の女の子はそれ以来上手く話せなくなってしまう。

そして、2人の関係がぎくしゃくしたままで2人は大人になっていった。

2人が言葉を交わさなくなって5年ほど経つと、男の子は女の子に婚約者ができたことを知る。

自分が今まで自分の心を偽っていたことに男の子はようやく気づく。
幼馴染だから勿論知っている彼女の家に向かい、彼女を連れて海に向かう。


あたしは、この劇を見ていて、泣きそうな顔になっていた。

劇だということは分かっているのに。
蔵馬が幼馴染役の子と楽しそうに話すのも、
観客の生徒達が蔵馬を幸せそうな目で見つめているのも、見ていたくなかった。
蔵馬が他の女の子を大切そうに扱うのも、苦しかった。

蔵馬は、あたしにこんなものを見せたかったの?
そんなことすら考えていた。


そしてラストシーン。
海で2人は話をしていた。

『俺たち、話しなくなって随分経つな。』
「うん・・・。」
『なんで、話しなくなったんだっけ?』
「あんたが告白されたからだよ。」
『・・・え?』

「あたしは、あんたのこと、ずっと好きだったんだよ・・・?」

驚く男の子に抱きつく女の子。


観客の中には、単純に感動して泣く子と、
憧れの「南野君」が女の子と抱き合っていることに泣いている子がいた。

あたしと螢子ちゃんは、そのどちらとも違った。


『・・・俺もだったんだよ。』
「え・・・?」
『俺も、ずっと好きだった。』
「嘘・・・。」
『嘘じゃない。』
「ばか・・・でも、もう遅いよお・・・!」

もう結婚することが決まっている女の子は泣きじゃくる。
心が通じ合うことが遅すぎたことに対する後悔。
男の子も泣きそうだった。

『じゃあ、俺が連れ去ってやるよ。』
「駆け落ち?」
『はは、それでもいいけど。
俺もお前の親に顔知られてるし。お前も嫌だろ?親元離れるの。』
「じゃあ、なんて言い訳するの?」
『俺に素敵なプロポーズされちゃって心が揺らいだ、とか!』
「・・・どんなプロポーズ?」


『君は、俺の女神だ。』


泣きながら男の子を驚いた顔で見る女の子。

あたしも驚いた。


蔵馬の目線は、あたしの方に向いていたから。


『・・・愛してる。』


もう一度あたしの方を見てそう言うと、女の子を強く抱きしめ、幕が閉まった。
拍手喝采が起こる中、あたしはぽろぽろと涙を流していた―――。

―――――――――――

「螢子ちゃん、大丈夫かい?」
「ふふ、ぼたんさんこそ。」

螢子ちゃんと幽助みたいな設定(?)にしてどうするんだい、蔵馬のバカ!
そう愚痴ると、螢子ちゃんは笑いながら言った。

「いいの。逆に嬉しかった。幽助もそんな風に考えていてくれたのかなーって・・・。」

単純に劇に感動して泣いている桑ちゃんと、思い出して泣いている螢子ちゃん。
そして、苦し涙と嬉し涙が混ざったように泣いているあたし。

男の人で泣いている人なんていなかったから、
他の人たちは珍しいものを見るようにあたしたちの横を通り過ぎていった。

「どうでしたか?」

泣いているあたしたちの後ろにいつの間にか立っていた蔵馬が声をかけてきた。

「ぐら・・・ズビ・・・ずげえなあ〜!」
「桑原君、汚いですよ。」

鼻水をすすりながら、何て言っているのかすら分からなくなっている。
それでも蔵馬は感動してもらえて嬉しかったようだ。

「螢子ちゃん、どうだった・・・?」
「・・・ありがとうございます。」
「それはよかった。」

ああ、やっぱり螢子ちゃんのためだったんだ・・・。
自分の方を向いていたのは錯覚で、幽助に会えない螢子ちゃんのためだったのだ。

「さて、と・・・そろそろ後片付けしてきますね。」
「あれ!?あたしに感想聞かないの!?」
「今日、ゆっくり聞きますよ。俺の部屋でね。」

お前らいやらしいことするなよ、という桑ちゃんの茶々を見事に交わして、
蔵馬は舞台袖の出入り口へと向かっていった。

―――――――――――

「おじゃましま〜す・・・。」

PM 8:00
打ち上げやら何やらで少し遅れた蔵馬から携帯に連絡が入ってすぐ、
あたしは霊体になって蔵馬の部屋のベランダからお邪魔する。

「小声でなくても、家族にはどうせ聞こえませんよ。霊体ですから。」
「あ、そっか。」

蔵馬がココアを作っている間に、実体に戻る。

「お待たせしました。」

ココアをテーブルの上に置くと、蔵馬はあたしの前に座った。

「どうでしたか?劇。」
「あーうん・・・良かったんじゃないかい?」
「嘘でしょう?」
「は!?」

「泣いてたじゃないですか。」

図星をつかれて、少し動揺してしまう。
蔵馬は勘がいいから、困る。

「あれは、感動して・・・。」
「ふーん?・・・俺からのメッセージ、気づきましたか?」
「ああ、螢子ちゃんへの?」

蔵馬はがっくりしたように肩を落として、ため息をついた。

「なんで鈍いんですか・・・。」
「え?」

「あれは、ぼたんへのメッセージですよ?」

顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。

最初自分に言われているから、と自惚れていた。
それは勘違いだ、と思って、無理やりに違う方向に考えてみた。
それでもやっぱり「その」可能性を求めていたのかもしれない。

しばらく2人して黙っていると、蔵馬が先に喋りだす。

「あのセリフ、幽助のセリフもじったって、分かりましたか?」
「そりゃあ、ねえ・・・。」
「俺もきっと、青色押してましたよ。」
「なんで?」


「ぼたんが、俺の女神だから。」


「・・・。」
「これが伝えたかったんですよ。」

幽助のようなくさいセリフを言う蔵馬の顔が、しばらく見れなかった。
でもきっと蔵馬も照れている。
だって、話しかけてこないから。

「じゃあ、あれも本当かい・・・?」
「え?」
「『愛してる』っていうの・・・。」

ついに聞いてしまった。
震える手と、今にも出てきそうな涙を抑えて、返事を待つ。

「当たり前でしょう?」

くすりと笑って答えた蔵馬の顔を見ると、安堵の表情だった。
伝わっているのか、不安だったのかな・・・?
台本を考える蔵馬の様子を思い浮かべると、あたしも笑えてきた。


幽助が帰ってきたとき、桑ちゃんから劇の話を聞いて、
顔を真っ赤にした幽助が怒ってきたらしいけれど、あたしは知らないふりをしてみた。

END


あとがき

「君が神を信じるのなら、僕は女神を信じよう。」
「女神って?」

「君だよ。青い髪の、女神。」


っていう劇のセリフが入れたくて書いた小説だったのに・・・。
なんかいろいろスランプ状態の時に書いたので、すごいことに。
「ですね」調でない蔵馬さんを緒方様ボイスでお楽しみください(笑)
ちなみに気づいた方いたでしょうか?
GET LOVE!のパロディです(笑)
あのエピソード大好きなんですよーv
相変わらず桑ちゃんボコボコにされて終わります(笑)
蔵馬はくっっっっっっさいセリフが似合うと思う。